一方その頃、王であるシムザは不思議な空間に幽閉されていた。
そこはいつまで経っても目が慣れることがなく、ただ暗闇が広がっているだけの場所だった。
このところ、あらゆる方面で事態がめまぐるしく変化している。
朝議でも数多くの問題や案件が取り上げられるようになり、現況を報告して確認しあうだけのいつものお決まりの流れをこなすだけの朝議とは明らかに質が違っていた。
当たり前の事だが、その場に席を連ねるためにはそれ相応の知識や情報が必要となり、それ無しでは発言はおろか、議論の内容についていくことすらままならない。
必然、王たるシムザはその無知が故にただそこにいるだけの存在となってしまった。
本来であれば、その神聖なる声を直接聞かせないようにと王、そしてホムラの側には常に影と呼ばれる二人の発言を代弁するだけの役割を担う者が控えている。
それが発言の機会を与えられないのならば必要ないと腹を立てた王が影を解任してしまったため、シムザはますます発言の場を失ってしまっていた。
そんな折、である。
それはあまりに突然の出来事だった。
その日も朝議が終わり、いつものようにホムラであるリンと共にホムラ付きの筆頭女官カナンを従えてリンを部屋まで送った。
その直後、それは起こった。
リンの部屋の扉が閉まるや否や、目の前に見知らぬ男達が忽然と現れた。
影を従えていない上に、ホムラと二人の際には放っておいて欲しいと発言したことがあるため護衛の者すらも付いていない。
それを全て承知しているかのように、その者達はシムザの前に現れたのだ。
何か薬を嗅がされたのだろう。
鼻の奥がツンとする感覚だけは体が覚えていた。
その後は記憶がほとんど残っておらず、気が付いた時にはこの暗闇の中にいたのだ。
「何なんだよ、ここは。いくら待ってもまるで目が暗闇に慣れやしねぇ」
誰かに聞かれるわけでもない独り言を、シムザはあえて大きく声に出していた。
まるでやりきれない思いと、ずっと奥に押し込めてひた隠しにしていた本来の自分を吐き出そうとでもしているようだった。
「くっそ……」
枷などを着けられずにその部屋の中ならば自由に動ける。
だがその状況が逆にシムザを追い詰めていた。
つまりはそれが、そのような処置をせずともそこからは逃げることができないと、そう思われているからこその待遇だからだ。
光源の代わりとなりそうなものといえば、四方の壁に一つずつ埋め込まれているらしい握り拳大の消音石のみである。
時間もわからなければ、自分が今どこにいるのかもわからない。
何度か声を荒げて人を呼んでもみたが、当然のことながら返ってくる音すらも皆無だった。
王だなんだと担ぎ上げられ利用されていることは、シムザ自身も全て承知の上だった。
だがシムザは、それならば自分もその状況を利用するまで……そう思った。
もちろんそんな幼稚な考えが貫き通せるわけはないと心のどこかで思ってはいた。
思ってはいても、いつか自分にも大逆転の機会が必ず来ると、スマルやユウヒに認められ、そして何よりもホムラ様となったリンと並ぶに相応しい男になるのだと、そう信じていた。
本当に、心の底から、シムザはそう信じていたのだ。
「……っ、くっそぅ!!」
冷たい石の床に座り込み、ただ持って行き場のない怒りをもてあます。
暗闇の中に一人、それはあまりにもみじめな姿だった。
それまで自分を持ち上げてきた面々が、いったい今の自分の事をどう思っているのだろうかと思うと震えがきた。
そんな中でも希望を失わず、手探りで前に進むことはできるのだ。
かつてここに閉じ込められたユウヒが、文字通り手探りでこの部屋の中をどうにか把握し、冷静にその時置かれた状況とそこにいる自分を受け入れたように。
ただシムザの場合、それを実行に移す事ができない。
なぜならその自分でも持て余すほどの無自覚な自尊心が邪魔をするからだ。
あがくこともせず、あがこうとしている自分がいることを認めようともせず、ただ自分は間違っていないと反芻するのみだった。
しばらくはその場に腰を下ろしていたシムザだったが、憤りの出口を求めて爆発しそうな自分の心を持て余して、不貞寝を決め込もうと床に寝転んだ。