囚われた王


「少し戻るのが早かったか。まだ話は終わってないのですか」

 戻って来たシュウの声だった。
 背後でカナンが三度、二重に施錠をしている。
 シュウは二人の近くまで来て簡単に拝礼すると、自分が出て行った時とは明らかに様子の異なっているショウエイの方を驚いたように見つめた。

「なんです? シュウ将軍」
「いや、これはまた随分と素に近いというか……まぁ、それはいいか。話の腰を折ってしまったようで申し訳ない」
「そんなことはないですよ、シュウ将軍」

 シュウが現れたことで冷静さを取り戻したのか、それとも何か思いついたのか、ショウエイは薄く冷たい笑みを浮べた。

「そうだ。将軍?」
「? なんだ?」

 呼びかけられてシュウがなにごとかとショウエイを窺う。
 ショウエイは扇を小気味いい音を立てて閉じると、シュウに訊ねた。

「シュウ将軍。あなたには見えますか、私の周りの……」
「周り? 周りの、なんだ?」
「……いえ、何でもありません。見えないならいいんです」

 ショウエイはそう言うと、シュウを見て笑みを浮かべた。

「いいのか?」

 明らかに様子がおかしいショウエイにシュウが声をかけたが、ショウエイはただ黙って笑みを浮かべているだけだった。

「さて、ではシュウ将軍も戻ってきたことですし、改めて伺いましょう。ホムラ様、私に話というのはなんですか?」

 そう言ったショウエイは、またいつものように柔らかな笑みを浮かべている。

「まったく……ホント、喰えねぇ男だ。ショウエイ殿……」

 シュウは呆れたように、溜息混じりにつぶやいた。

「引き伸ばしても仕方がありません。こちらの話を続けても?」

 何やらただならぬ雰囲気は感じているものの、ホムラはそれでもその流れを断ち切って自分の方へと手繰り寄せた。
 二人の男が顔を見合わせて、ホムラの言葉を肯定する代わりに姿勢を正して拝礼する。
 ホムラはそれを確認すると、ショウエイに向かって口を開いた。

「この城内で儀式を行う際、それが神事である場合は城に幾重にも張ってある結界の種類を変えるとの話を王の側近達より聞きました。それは本当ですか?」

 ショウエイは一瞬目を瞠り、またいつもの笑顔に戻るとゆっくりと頷いた。

「本当です。そうですね、もっと柔らかくするといいますか……春省の方では大いなる意志の加護を最大限に受けられるように結界の質を替えるという風に考えております」
「そうですか……実は月華の解放にあたり、結界の方の対応をお願いしたいのです。できますか?」

 心配そうに自分を見つめるホムラに対し、ショウエイは扇を懐中に収め、膝をつき丁寧に拝礼して答えた。

「そういう事でしたらいつなりと。ただ、月華の解放はおそらく……その刀剣が禁軍将軍に下賜されたその時を除いて、以来ただの一度も行われた事のない儀式となるはずです」
「そうですか」
「非常に申し上げにくいのですが……」

 少し言いよどんで、それでもさらにショウエイが続ける。

「私共の方でも詳細は解りかねる部分が多いのです。それに関する文献もほとんど存在しておりません。そのような儀式をホムラ様がご存知だという事に正直驚いております」
「まぁ、そうでしょうね。それも無理からぬ事とは思いますが、その……大丈夫ですから」

 その言葉の根拠が何なのかはわからない。
 ショウエイの言葉に答えるホムラの声には強い意志が感じられた。
 それを確認したショウエイは、立ち上がり、身につけている装束の飾りのように見えていた紐をするすると引き抜くと、その紐で自分の髪を一つにまとめ、高い位置で結い止めた。

「引き伸ばす気はないと仰いましたね。いいですよ、私の方はすぐにでも始められます」