囚われた王


「お待たせして申し訳ありませんでした、ショウエイ様」
「そんなにお気を使われなくとも大丈夫ですよ、ホムラ様。それで、私とはどのようなお話をなさるのですか?」

 シュウとは違った柔らかな物腰が、持って生まれた容姿にぴたりとはまる。
 だがそれをまるで気にする様子も見せずに、ホムラはすぐに切り出した。

「まず何よりも最初に……お聞きしたいことがあります」

 ただならぬホムラの様子に、ショウエイの綺麗に整った顔に戸惑いの色が混じる。

「なんでしょう?」

 それでも問い返すその声はとても柔らかかった。

「何と申し上げればよろしいのか……」
「なんです?」

 言葉を探すホムラを見つめる、その視線は穏やかだ。
 だがそれも、ホムラの口から出た次の言葉を耳にした途端にがらりと変貌する。

「ショウエイ様の周りの、鳥? か、何かに見えるその影は、いったい何なのですか?」
「……鳥? …………!!」

 そう言われたからと言って、その鳥を探すような仕草をショウエイは微塵も見せない。
 だが全身に纏った何かを警戒するその気配は、そういった類のものに疎いホムラにですらわかるほどだ。
 ショウエイの顔色が変わる。
 何か思い当たることでもあるのか、俯いてしきりに何かを考え込んでいる。
 そして一瞬ではあったが、美しく整ったその表情は険しくなり、歯噛みするように唇を少し歪ませた。

「あの、私何か悪いことを申しましたでしょうか」

 ホムラが心配そうにそう言ったが、その声は少し脅えているかのように震えている。
 ハッとしたように顔を上げたショウエイは、ばつが悪そうに、誰の目にもそれとわかるような作り笑いを浮べていた。
 主の背後に控えるカナンの顔に緊張の色が浮かぶ。
 だが、すぐにその場の空気は元に戻った。
 ショウエイは表情を隠すように、半分ほど開いた扇を手にしていた。

「申し訳ありません。私にはそのような物は見えませんもので、少し驚いてしまいました。本当にそんなものが私の周りに?」
「え? えぇ……あの、見えないのですか?」
「はい。何も」

 そう言って微笑むショウエイは一見穏やかそうに見えるが、どこか翳りがあり妖艶で、それまでのショウエイとは明らかに違っていた。
 ホムラの背後に控えていたカナンが、外の何者かの気配に気が付いてその場から離れると、ホムラとショウエイの二人だけが向かい合うかたちとなった。
 ショウエイは自分の後方にいるカナンの気配を少し窺うような様子を見せてから、その口許を扇で隠して話し始めた。

「神託によって選ばれ、ホムラを名乗るようになった方だけあって、やはりそういう類のものが見えたり、聞こえたり……あるいは感じられたりするものなのですか?」

 何かを探るような言い方だったが、ホムラは何の迷いもなくその問いに答えた。

「いいえ、全く。私には本よりそのような力はございませんし、ホムラとなった現在も、何か特別な力が備わっておりませんし、自分にそれがあるとも思えません」
「そう……なのですか? ですがさっきあなたは……」
「えぇ。だからお聞きしたのです。何の力もない私には見えているそれが何なのかと」
「危険なもののように感じられますか?」

 少し首を傾げてショウエイが訊くと、ホムラは目を懲らすようにして彼の周りをゆっくりと飛び回る鳥に意識を集中した。

「どうです?」

 ショウエイが答えを促す。
 ホムラは少し困ったような顔をして答えた。

「どうと言われましても……あ、でも最初にここへショウエイ様が入ってきた時、とても警戒されているように感じました。その後のショウエイ様の様子から考えると、私がそう感じ取ったのはショウエイ様ご自身のものではなく、そこの、その……鳥達のものではなかったのかな、とは思います」
「……なるほど」

 ショウエイの返事から一呼吸ほどの間を置いて、別の男の声がその会話に割って入ってきた。