中庭を横切り、シュウが連れてこられたのは意外な場所だった。
「ここは……」
そう小さくつぶやくシュウの前には、八角形の小さなな祠のような建物があった。
ちょうど三つの塔の裏手にあたる場所で、中庭などの方からは死角となっている。
先を行くショウエイがその中に向かって声をかけると、扉の模様のように見えていたところがすぅっと動き、籠もったようなガチャガチャという音がした。
どうやらそれが鍵のようで、二重に施錠できるようになっているらしい。
音がやむと扉がゆっくりと開き、覗いた白い手がゆっくりと二人に向かって手招きをした。
それに呼ばれるようにショウエイが、続いてシュウが祠の中に入っていく。
二人が中に入ると、白い手の主と思われる女が丁寧に拝礼し、扉を閉めて内側から施錠した。
「ありがとう、カナン」
背後からそう女の声がして、ショウエイとシュウが振り返る。
そこにはホムラ様として城に迎えられたユウヒの妹、リンが静かに立っていた。
ショウエイとシュウはホムラの方に向き直ると慣れた様子で裾を払い、膝をついて拝礼して頭を垂れた。
その後方では先ほどカナンと呼ばれたホムラ付きの女官が、手を床について平伏している。
「そういうのはいいわ、みんな顔を上げて。ショウエイ様、わがままを聞いて下さってありがとうございます」
シュウとショウエイが立ち上がったのを見て、ホムラはカナンを自分の側に呼ぶ。
「この者を横に控えさせますがよろしいですか?」
目の前の高級官吏二人にホムラが確認を取る。
かまわないと笑みを浮かべて頷くの見てホムラは小さく礼を言った。
そうこうしているうちに照明も何もない祠の中がほんのりと明るくなっていた。
「消音石か……これだけ純度の高い消音石をこれだけ一度に見るのは初めてだが……美しいものだな」
シュウが思わずそう言ってあたりを見回した。
ショウエイも役職柄この祠のことを知らないわけではないが、通常はホムラ様が神託を授かるための場所だからと内部に立ち入ることなどこれまでなかった。
「本当に音が響かないな」
よく通るはずのシュウの声も、その場に留まるようにして消え、祠の中に反響するはことない。
そこは息の詰まるような奇妙な緊張感に包まれていた。
「お二人が今現在とても忙しくしていらっしゃるのは存じ上げております。ですが……」
申し訳無さそうにそう切り出したホムラに、シュウとショウエイは顔を見合わせた。
そして静かに微笑むと、ショウエイが口を開いた。
「どうぞ、お気になさいませんよう。それよりも詳しい話を早くお聞かせ願えるとありがたいですね。ホムラ様、いったい何が起こったのです?」
ショウエイの言葉にシュウが頷き、答えを促すように二人がホムラの方に視線を投げかける。
ホムラは何かを確認するかのように女官の方を振り返る。
その視線を受けてカナンが静かに頷くと、ホムラはまた二人の方を向いて話し始めた。
「今朝……朝議のすぐ後のことです。王の間を出て陛下と二人、並んで廊下を歩いておりました。陛下が私を部屋の前まで送って下さって、部屋に入り、そこにいるカナンがその扉を閉めた直後、カナンが扉の向こう側に妙な気配を感じたと申すのです」
そう言ってホムラがカナンの方を向く。
カナンは丁寧に拝礼してショウエイ、シュウの両名に発言の許可を乞い、二人が頷くのを確認してからゆっくりと話し始めた。
「扉の向こうの気配ですので、私が直接、目にしたわけではございません。ですが、扉の向こうには陛下ただお一人でいらっしゃったはずなのに、他にも数人の人の気配がいたしました」
「数人の? いや、それよりも陛下がお一人でいたというのが気になるな。女官も側仕えも、陛下のお側には誰もいなかったという事か?」
カナンの言葉に反応したのはシュウだった。
「ホムラ様とお二人の時には。私がホムラ様についておりますから、お二人だけになるという事はございませんでしたが、陛下はいつも、誰もお連れにならずにおりました」
「……そうか、わかった。すまんな、話の腰を折った。続けてくれ」
「はい」
カナンはそう言って、また何かを確認するかのようにホムラの方を一瞥してから口を開いた。
「ホムラ様が自室に戻られたので、陛下付きのどなたかがいらっしゃったのかとも思いましたが、陛下が『何者だ』と仰るのが聞こえましたから、そうではないとすぐ気付きました」
「扉からカナンがなかなか離れようとしないので、私がどうしたのかと声をかけようとしたところ、カナンの顔色があまりに蒼褪めていたので息を潜めて扉に近寄りカナンの側まで行ったのです」
ホムラがカナンの言葉に続ける。
そしてそのまま、今度はホムラが話を始めた。
「物音というほどの音はしておりません。ですがただならぬ気配というものって何となく感じ取れるものでしょう? 私は何かが起こっていると思ったのです。かと言ってこちらは私とカナンの二人だけ、王に何かしら事を起こしている人物が、私がホムラだからと言って手を引いてくれるとは到底思えません。ですから扉を開けて事態を確認するところまではできなかったんです」
「それは賢明な判断です。で、他には?」
相槌を打ったシュウが先を促すと、ホムラはまた口を開いた。
「盗み聞きの趣味はございませんが聞き耳を立てておりました。もちろん、こちらの気配もあちらに勘付かれているであろうと承知の上で、です。それでもしも思い留まってくれたらありがたいですし。ですが、その人物達の目的はやはり王だったようで、籠もった呻き声のような陛下の声が小さく聞こえた後、扉の向こうの気配がまったくなくなってしまったんです」