黒主とユウヒ


「何か、おありかな?」

 ユウヒの視線を受けてオウカが口を開く。

「はい。オウカ様」

 なにごとかと兵士達も顔を上げる。
 オウカに促されたものの、答えるのを躊躇うユウヒに、サクが横から声をかけた。

「ユウヒ。何がきっかけになって解決の糸口が見つかるかわからない。素人とかそういう事考えないで、何でもいいから言っていいよ」
「サクヤ……わかった」

 ユウヒはサクヤを見て頷き、意を決したかのようにオウカの方を見て言った。

「陸路を行けば、確かにそうかもしれませんが……空路なら、どうですか?」

 非難なのか、動揺なのか、兵士達があちこちで交わす言葉がざわざわと騒がしくなる。
 ソウケンとシキも顔を見合わせて、困ったように顔を歪めた。
 ただオウカだけは涼しい顔をしたままで、事も無げに一言吐き出した。

「なるほど。確かに町も村もありませんな」

 これにはさすがにソウケン達も驚いてオウカの方を見た。
 ユウヒはさらに続けた。

「表向き、騎獣の部隊はない事になっているのは知っています。でも、どうにかできるのでしょう? それに、もし禁軍が空から来られたら、陸路を行く我々はかなり不利になると思うんです」
「まぁ、こっちの出方がどうであれ、禁軍は空から来ると思っていいでしょうね」

 さらりとそう言ったのはカロンだった。
 戸惑いの視線が集まる中で、カロンはそんなものは気にもせずに続ける。

「だいたいいくら『ない』と言い張られても、実際には存在するんですから。警戒するにこしたことはないはず。あれは正規の部隊じゃないから、なんて言って愚かにも陸路を選んで、上空から矢の雨喰らったらたまったもんじゃない、素人の私だってそう考えます。禁軍は必ず空から来ます……でしょう?」

 まだ反応の薄い黒州軍の面々に対して、カロンはこれ見よがしに溜息を吐いた。

「わかりました。全く、その通りだと思います」
「ソウケン殿……」
「シキ。私はもう実際その存在を彼らの前で認めてしまっているんだよ。隠しても今さらなんだ。確かに、航空騎兵団は解散したと公式には発表されているが、ガジット側もこちらもその存続をずっと臭わせている事が実際ずっと抑止力になっている。そしてそれは……実際に存在してもいる」
「将軍、それは」

 これまで暗黙の了解となっていた事実を口にするには、それなりの決意が必要となる。
 横からそれを制しようとシキは試みたが、ソウケンは逆にそんなシキを窘めた。

「出し惜しみしている時ではないよ、シキ」

 ソウケンの言葉にシキが一瞬口籠もる。
 そしてシキが次の言葉を見つけるよりも早く、ソウケンは口を開いた。

「我々黒州軍の精鋭部隊はその剣や弓の腕だけで選ばれているわけではない。それに加えて騎獣を操ることに長けているかどうか、そこに重きを置いている点が他の州とは明らかに異なっている。そうだろう?」
「……はい」

 ついにはシキもソウケンの言葉を真実であると、航空騎兵団の存在を認めて首を縦に振った。
 ユウヒがオウカの方に視線を向けると、オウカは何も口を挿もうとはせず、ただ自分の家臣達が自身で答えを導き出そうとしているその姿を目を細めて見守っている。
 いったいどれほどに強い信頼関係がこの主従の間にあるのだろうかと、ユウヒはオウカとソウケン、シキらを見つめながら考えていた。
 その視線に応じるように、ソウケンがユウヒの方を向いた。

「ユウヒさん、空を行きましょう。我が軍の精鋭部隊、航空機兵団をお貸しします。部隊は私が同行して指揮を取りましょう」
「いや、私が行きます」

 ソウケンの言葉にシキが打ち消した。
 それにユウヒも続く。

「私もその方が……ソウケン、あなたはもうご家族と離れてはだめです」
「ですが……」

 シキとユウヒの意図するところがわからないソウケンは、何としても自分が同行しようと考えを変えようとしない。
 ユウヒは大きく溜息を吐いて、ソウケンに向かって言った。

「確かに私は何としても目的を果たしたいとは思ってるよ。でもそのためにどんな犠牲をも払っていいとは思ってないの。ソウケン、あなたを家族と離してしまったら、あなたはきっと自分の命に代えてでも私を護り王にしようとしてくれる。でもそれじゃダメなのよ、わからないかな。あなただけじゃない、他の皆もそう。生きなくちゃ……これが終わりじゃないんだから。始めるために終わらせるのよ? 全てが終わった後、そこに立っている人がいないのでは意味がないのよ」

 ユウヒの言葉に、オウカが羽扇を揺らしながら耳を傾けている。
 一番言いたい事を一気に言い放ったユウヒは、一呼吸おいてからまた口を開いた。

「戦力がどうとか、部隊の指揮がどうとか、そういう事を私は知らない。だから本当にソウケンが同行しなくては不都合だというのであれば止めはしないです。でも副将軍のシキさんも、とても優秀な方、信じて部隊を任せるに値する方なのでしょう? だったらソウケンは自分のために家族の側にいて、家族を護るためにここに残って戦って下さい」

 それでもまだ首を縦に振らないソウケンを見て、ずっと事態を見守っていたオウカがようやく口を開いた。

「ソウケン。今まで背負ってきたものをここで投げ出すなと、このお嬢さんはそう言っているんですよ。一緒に行ったところで君の護るべきものは王都にはない、わかっているはずです。君の想いや決意は伝わっています。だからこそ、もう自分に何かを言い聞かせるような選択肢をここで選び取ってはならないんです。ソウケン、友の言葉としてこれが聞けないのであれば、私は黒主としてここに残ることを命じることになりますが……どうしますか」
「将軍、お願いします。私に部隊を任せて、あなたはここに残って下さい。いや、残るべきだ」