黒主とユウヒ


 詰所に顔を出したユウヒに、最初に声をかけてきたのはカロンだった。

「ユウヒ。ジンからの知らせが届きましたよ。見ますか?」

 返事を待たずに差し出された紙片をユウヒは黙って受け取った。
 すでに封印は解かれて、紙の上には久々に目にするジンの文字が並んでいた。
 相変わらずの整った文字にユウヒは思わず笑みを零す。
 すでに部屋の奥まで進んだオウカがシキ達と言葉を交わすのを見るともなしに眺めて、ユウヒはまた手元の紙に視線を落とした。

 そこには城には既にユウヒ達の入国の報せが届いている事、それに伴い禁軍が徐々に出兵の準備を整えつつある事が記されており、そして最後にもののついでと言った具合に王シムザとホムラを勤めるユウヒの妹リンが無事である事が書き加えられていた。

 ――似合わない真似しちゃって。でも……ありがと、ジン。

 ユウヒがカロンに紙片を返すと、カロンはにっこり笑って指を鳴らした。
 その一瞬で渡した紙片がぶわっと燃え上がり、白い煙だけを残して跡形もなく消えてしまった。
 何の印も切らず、何も唱えずに術を発動する場面に、ユウヒは  驚いて目を瞠るユウヒにカロンはまた満足そうに笑みを浮かべると、そのまま口を開いた。

「話を最初から聞きたいですか?」

 その一言で返答を待つ一同の視線がユウヒに集まる。
 ユウヒはハッと我に返ってから首を横に振った。

「どうにかついていくから、先を進めて。時間がもったいないよ」
「わかりました。では、どうにも理解できないところだけ質問して下さい。それで?」
「うん、かまわない」

 カロンは頷いて、ソウケンを見た。
 ソウケンはシキと顔を見合わせて頷き、シキの方が口を開いた。

「では、続けましょう。さきほどの話の通り、中央軍は混乱の鎮圧の方に出払っているようで、黒州に派遣されている部隊についても、こちらに向かわせるといった余裕はないようです」

 さらにソウケンが先を続ける。

「州内の混乱のいくつかは仕込みですから、そう簡単に収まるものでもないはずです。城の連中はどうやら我々が思っている以上にこちらを意識しすぎている。黒州にいる中央軍が動かせないとなれば、ではどこを動かすかという話になる。我々が王都に向かうとわかっている以上、王都の混乱を抑えてる中央軍の兵力を削ってまでこっちに送り込むとは考えにくい。となると答えは一つ」
「禁軍、ですね? シュウはたぶんシムザ……いや、王から離れるような事はないと思う。城を完全に空にはしないはずだし、副将軍二人を頭に三分の一から半分くらいの兵力をこっちに向かわせる、って考えるのが妥当なところかな?」

 そう口を挿んだのはユウヒだった。
 黒州州軍の兵士達や、副将軍シキが驚いたようにユウヒを見つめる。
 ユウヒはハッとした様に顔を上げて言い訳するように付け加えた。

「禁軍には結構知り合いが多くて。特に将軍のシュウにはいろいろお世話になったんです……俺には絶対敵わないんだから、できればお前は帰ってくるなって言われてます」

 ばつが悪そうに顔を歪めてそう言うと、どうやらその言葉は好意的にとってもらえたらしく、ユウヒと初めて対面した兵士達の表情から訝しげな色が消え、部屋の空気が穏やかなものに変わった。
 ユウヒはそれを感じ取って、そのまま言葉を続けた。

「そうは言われても私が行かないわけにはいかないですからね。で、どうなんですか? 私みたいな素人が勝手に禁軍の出方なんて予測してしまいましたけど、実際、黒州軍の方達はどう見てるんですか?」

 ユウヒに話を振られて、そこはシキが答えた。

「将軍が出てこないというのは我々も同じ意見ですよ。ただ、こちら側に割いてくる兵力が……もう少し多いかもしれません。王都に入る前に、おそらく片を付けてしまいたいでしょうから」

 シキの言葉にその後ろに控えている兵士達が数人頷く。
 ユウヒは少し考えて、また口を開いた。

「あの、素人考えで申し訳ないんですが、教えて下さい」
「何なりと」

 シキに促されユウヒは頷き、言葉を選んで話しているかのようにゆっくりと切り出した。

「明日、準備が出来次第、黒州軍の方達を城を出て、おそらく同じ頃かそれよりも先んじて禁軍が動いたとします。お互いが対峙した時、そこに民家は……その巻き込まれる人達っていうのはやっぱりいるんですよね?」
「……そうですね。通り道にある町や村に先駆けをやって民を逃がすことは可能かもしれませんが、それほどの余裕がこちらにあるとも思えない。多かれ少なかれ、巻き込まれる民は出てしまうでしょう」

 答えたのはソウケンだった。
 戦時であればそれも已む無しと言ったところだろうが、相手も何も全てが同じクジャの民ともなると、兵達も顔を見合わせて出ない答えにただ俯くだけである。
 だが、そんな中、ユウヒだけは呼吸二つ分程の間考えた後、すぐに顔を上げてオウカとソウケンに視線を投げかけた。