黒主とユウヒ


「そんな! それはちょっと申し訳ないです」

 ユウヒが慌てて言葉を返す。
 だがオウカは態度を変える様子すらない。

「申し訳ない? 何を言っているのですか、ユウヒ。あなたはあなたでなくては背負えないものだけを背負って前を向いていれば良いのです。この国の矛盾を正すために王となる、それだけで充分です。国の混乱の方は、全ての州軍が鎮圧に全力を注いでいます。これから先はその軍同士がぶつかることもあるかもしれませんが……そういう類の事は全て、それ専門の人間にまかせてしまえばいい」

 驚いたように自分を見つめているユウヒを、オウカはまっすぐに見つめ返した。
 そして言い聞かせるように一言だけ付け加えた。

「私の言っている意味は、わかりますね?」

 最後にそう念を押されて、ユウヒはただ頷くしかなかった。
 それでもただ一言、搾り出すようにしてオウカに伝えた。

「でもやっぱり、申し訳ないなって思います」

 ユウヒのその言葉を聞いて、オウカはもう一歩ユウヒに近付いてその肩にぽんと手を置いた。

「そう思うのであれば、詫びよりも感謝の言葉の方を。その方が私は嬉しく思いますよ」

 はっとしたようにオウカを見つめ、そしてその顔がほんのりと朱に染まる。

「あの……ありがとうございます」
「はい、それで充分です」

 オウカは照れたような笑みを湛えた顔でユウヒを見つめ、そのままゆっくりとした動作でユウヒの前に片膝をついた。

「ちょ……あの、オウカ様?」
「あなたに会えて本当に嬉しく思いますよ、ユウヒ」

 ユウヒと呼びかけてはいるものの、その礼は紛れもなく最上級の敬意を表す礼である。
 思わず恐縮してやめさせようと歩み出たユウヒを制し、オウカはその羽扇を手にした右手を左胸に当てて頭を静かに下げた。

「それはもう……オウカ様、顔を上げて下さい」
「ありがたいと思ったら感謝する。頭も下げる。それが何者であろうが、相手に対してそういう思いを抱いたのなら、それに対して礼を尽くすのは当たり前の事と考える……私も、そう思いますよ。あなたの作る国を見てみたいと、強く、心からそう思います。私に、そのお手伝いをさせていただけますかな?」
「……もちろんです。ありがとう、オウカ様。何だか本当に嬉しくて、ありがたくって、その……その想いに見合う言葉が見つからないです」

 ユウヒの差し出した手を取り、オウカが立ち上がった。
 その顔には、先ほどとはまた違った笑みを浮かべている。
 何事かと不思議そうに覗き込んだユウヒに、オウカは少し楽しげに言った。

「では、我が君。一つだけわがままを聞いていただけますか?」
「え? えーっと……まぁ、はい。私にできることであれば……」
「年寄りの悪知恵と思って下さって結構」

 それまでとは全く異なった、どこか含みのある言い方だった。
 そんなオウカの言い方にユウヒは少し緊張に顔を強張らせる。
 ユウヒの様子を愉快そうに見ているオウカは、ほんの少し前にユウヒに対して最高の敬意を示す礼をした人物と同一人物とは思えないほどだ。
 何かいたずらでも思いついたような、そんな顔をしていた。

「ユウヒ、実は私は即位の式典で行われると聞いていたあなたの剣舞をとても楽しみにしていたんですよ」
「えっ!? 剣舞を、ですか?」
「えぇ、そうです。あなたの剣舞は見事であるとの噂は、この黒州まで聞こえてきていたんです。ところが……剣舞どころか投獄されただの、追放されただのって話になってしまってとても残念に思っていたんですよ」

 ユウヒは照れくさそうに髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。

「こんな時に言われたら断われないじゃないですか。あぁそっか、だから悪知恵……あの、わかりました。全てが終わって落ち着いた時に、必ず」
「おぉ、良いのですか? 本気にしてしまいますよ」
「えっ? 冗談なんですか?」
「まさか! では、約束です、ユウヒ。全てが終わって落ち着いた後、私に……いや、私達にあなたの剣舞を見せて下さい」

 そう言って羽扇を左手に持ち替えて、オウカはユウヒの方に手を差し出してきた。
 ユウヒはその手をしっかりと握った。

「はい。お約束します」
「これは嬉しいですね。楽しみがまた一つ増えました」

 オウカはユウヒの手をしっかりと握り返した。

「で、出発はいつ?」

 オウカが問うと、ユウヒはオウカをまっすぐに見つめ返して言った。

「明日。今、サク達が話を進めてくれています。オウカ様もこれから一緒にどうですか? 言っておきたいことがあるので少しだけ顔を出そうと思っているのですが」
「そうですか。では私も……あなたのその言っておきたいことというものを、私も聞いておいた方が良さそうですからね」

 こっくりとユウヒは頷いて、二人は共に執務室に戻った。
 オウカがいくつかの雑務を片付けるのを待って、ユウヒは二人揃ってサク達のいる黒州州軍の詰所へと向かった。