「ユウヒさん。守護神の方達に会わせてもらえますかな?」
その言葉を受けて、シキが兵士達に剣を納める様に指示を出す。
戸惑いの中、全ての剣が下ろされ、シキが小声でユウヒに謝罪を述べる。
少しずつ明るくなり始め、シキの指示で篝火が一つ、また一つと撤去され始めた。
ユウヒはオウカを見据えて言った。
「もちろん。ただし、お願いがあります」
「何でしょう?」
「ガリョウ関塞の門を開けて下さい。砦の外で仲間達が待っています」
「……それだけでよろしいのかな?」
ゆるりゆるりと羽扇で煽ぎながら問い返してきたオウカに、ユウヒは驚きながらも首を横に振って。また口を開いた。
「いえ……いいえ」
そう言って一呼吸おいて、ユウヒは言葉を継いだ。
「黒主オウカ様。我々に力を貸して下さい。私は……私はこの国を……っ」
その後に続くハズだった言葉は、オウカによって遮られた。
驚くユウヒの目に映ったのは、穏やかな笑みを浮かべるオウカの顔だった。
ユウヒはくしゃっと顔を歪めて涙を堪え、小さく、僕達の名を口にした。
ユウヒの周りに陽炎がたち、足もとの影から四つの塊が姿を表す。
それはやがて人の形を成して、それぞれが見目も麗しい若者へと変化した。
驚きの声が広がっていく中、ユウヒはオウカに言った。
「紹介します、オウカ様。彼らがこの国を守護する四神。白虎、玄武、青龍、そして朱雀です」
名前を呼ばれ、それぞれがオウカに倒して静かに微笑みかける。
「人、ですか……」
「いや……本来の姿はそうではありませんが、普段からそんな姿でいられては、その……」
「なるほど、確かに」
オウカは目を細めてそう言うと、羽扇を持った手を掲げて城門を開けるようにと州軍に命令した。
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げようとするユウヒに、オウカはすっと手をかざしてそれを制して首を横に振った。
「今度は、こちらが礼を尽くす番でしょう……我が君」
その言葉に辺りが騒然とする。
だが異を唱えるものはもう誰一人としていなくなっていた。
背後に四神を従え、驚きに立ち尽くすユウヒの前に、オウカはおもむろに片膝をついてその右手を左胸に当て、頭を下げた。
「我が君、蒼月。ずっとあなたがこうして現れるのを待ち続けておりました」
あまりに突然のことで、ユウヒも驚きで声を発することすらも忘れて立ち尽くしていた。
オウカはゆっくりと顔を上げてユウヒを見つめた。
「この国の全ての民に明日を信じられる今を、夢を描ける未来を。そこにある事を許される日を待ち望んでいる者がこの国にはたくさんおります。全てをあるべき姿に……」
「わかっています。そのために私は帰ってきました」
オウカの言葉を遮ってユウヒがそう言うと、オウカは嬉しそうに笑みを浮かべ、また改めて頭を下げた。
その背後でガリョウ関塞の門が重たい音を立てて開かれようとしている。
一人、また一人とオウカに続いてその場に膝をつき始める。
戸惑い、それをやめさせようとするユウヒの手を、青龍が掴んで押し留めた。
ゆっくりと開かれた門から最初に顔を出したのはサクだった。
それに黄龍、カロンと続き、最後尾はソウケンだった。
どこからか子どもの声が聞こえ、その声の主の駆ける軽やかな足音が響く。
涙声になったその声にソウケンの声が応える。
久しぶりに対面した親子は、誰の目を憚ることなく抱き合って涙を流していた。
入ってすぐの所で、目の前の光景に圧倒されたかのようにサク達は足を止めた。
すでに立ち上がっているのは、今、門をくぐって砦の中に入ってきた者達と四神、そしてユウヒだけだった。
そして四神達もまた、ユウヒの背後に膝をついた。
「ちょ……ちょっと」
戸惑いの声を漏らすユウヒに、目の前のオウカが声をかけた。
「これが我々の出した答えです。あの親子が共に生きていける国を、あの子達が自由に飛び回ることのできる空を、あなたは約束してくれますか?」
全ては直接話をして、それからだと思っていた。
ガリョウ関塞で黒主オウカの心を動かし黒州を味方に付けられるかどうか――。
ずっと抱えていた不安が嘘のように、オウカ達はユウヒを受け入れてくれている。
ユウヒは込み上げる感情を抑えきれず空を見上げたが、その瞳からは堪える事などできようはずのない涙が、あとからあとから溢れ出した。
白虎がその様子を見て思わず破顔してユウヒの頭をくしゃくしゃと撫でる。
俯いて静かに声もなく涙を流すユウヒを、四神達が支え、見守っている。
オウカの言葉に対して何も返事のない事を不思議に思って顔を上げた人々が、その様子を目の当たりにしてあちこちで顔を見合わせて笑みを浮かべている。
「何だかわかんないうちに、彼らを味方につけちゃったみたいですねぇ」
カロンがそう言って、サクと黄龍の肩に手を置いた。
もう完全に顔を出した太陽が全てを明るく照らし、頭上には雲一つない青空が広がっている。
爽やかな風が頬を撫で、軽やかに通り過ぎて行った。