ハローワーク 医師 非常勤 2.蒼月と朔

蒼月と朔


 漆黒の翼は本来であれば「朔」直轄の組織である。
 だが、城にいるサクが大まかな指示を出しているとはいえ、翼と呼ばれる四人を直接動かしているのはジンであったし、翼が使っている羽根と呼ばれる者達に至っては、契約を交わした翼のみの知るところで一番上にいるサクのところまでその動きは伝わってこない。
 城にいて政の現状がわかる人間が存在していることで、より無駄のない的確な処理ができるという仕組みになっているのだ。

 だが実質、漆黒の翼を動かしているのはジンだ。
 サクとしてはただ望んだ「結果」が得られれば良いわけで、その結果を得るための過程ついては不問、全てジンにまかせていた。

「おい、サクヤ。どうなんだよ」

 ジンがもう一度サクに答えを促してきた。
 サクはカロンの話を思い出しながら、何とも頼りなげな声で吐き出した。

「正直、よくわからない。俄かに信じがたい事でもあるし……そんな、真っ昼間の空から太陽が消えてしまうなんて」
「まぁ……な。俺も見た事のない現象だし、サリヤに聞かされた時も最初は笑い飛ばしたんだ」
「それなのになぜ? どうして信じようって思ったのか、聞いても?」

 サクがそう言うと、ジンは困ったような情けない表情を浮かべて一つ溜息を吐いた。

「なんて顔してんだよ。聞いたらまずかった?」

 サクに言われて、ジンは力なく首を横に振ると口を開いた。

「何でも良かったんだよ。今まで当たり前だと思っていた事が実はそうではないと思い知らせる何かがあれば。シオ達イルの連中が芝居だの何だのって随分いろいろ触れ回ってはくれたが、蒼月にしたって、四神にしたって、神話や伝承の世界の話だと思ってる人間がほとんどだ。まぁ、無理もねぇよ。ずっと動いてた俺達だって、内心どっか疑ってたところはあったんだ。あいつが、ユウヒが四神引き連れて現れるまではな」
「まぁ、そうですね」
「今度はそれを国の連中相手にやらなきゃなんねぇわけだ。何でもいいが、劇的過ぎるくらいでちょうどいい」
「それは理解できるけど……えっと、日蝕、でしたっけ? 本当にそんなことが起こるんですか?」

 そう言ってサクがジンの顔をのぞき込むと、ジンは肩を竦めてぼそりとこぼした。

「あるんじゃねぇの? サリヤは星読みの長だ、あいつの情報は確かだよ。ルゥーンとクジャ、国は違っても見上げる空は繋がってんだから。まぁ昼なのに夜のように暗くなるとか言われてもな、正直俺もどうなんだよとは思っちゃいる。だがいいんじゃねぇの? 俺らも含めて、凝り固まってる連中の頭をほぐしてやるのに、そんな時を見計らって行動に移すっていうのもさ」
「なんか、らしくないね、ジン。むしろ不吉だの何だのって騒がれるような気がするんだけどね、俺は」

 サクが溜息混じりに零すと、その背をジンがどんと叩いた。

「そこはあいつに任せるしかないだろう。あいつが真の王「蒼月」であること。四神は本当に存在して、あいつと共にあること。それを信じ込ませることができるかどうかはあいつにかかってる」
「信じ込ませるって……まるで騙まし討ちみたいな言い方すんなよ、ジン。だけど、本当にユウヒには頑張ってもらわないとね。黒主のオウカ殿がこちらについたとしてもそこで終わりじゃない。まずは黒州の州軍を始め、州城の官吏達にもこちらの動いている意味とユウヒの存在を認めさせて、何としてもガリョウ関塞のあの重たい城門を開けさせなくてはならないんだから」
「あぁ、そういうことだ……ん? なんだ?」

 言い終えてまだ何か言いたげなサクにジンが訊ねると、サクは訝しげな表情で言った。

「やっぱり、何か変だ。言っていることは間違ってないけど、劇的とかさ……やり方がジンっぽくないというか。何かあった?」
「あ? そうか?」
「そうでしょう。どう考えたって……らしくない。まぁ嫌いじゃないですけどね。何をやらかすかわからない感じはユウヒとちょっと似てる」
「……癪だけどな。王様になってやろうってな馬鹿はやっぱり違う、ってことだろうな」
「影響されたって事?」
「さぁ……どうだかな」

 そう言ってジンはサクを置いてすたすたと先を歩き始めた。

「あれ? 何かあったんじゃないんですか?」

 サクがそう呼び止めると、ジンはその足を止めてゆっくりと振り返った。

「あったよ。でも、もういい。あとはお前に任せたからな、サクヤ」
「はい?」
「俺は俺の仕事に戻る。あいつにはよろしく言っといてくれ」
「はぁ……なんかわかんないけど、伝えとく」
「おぅ」

 ジンはそう言って軽く手をあげると、立ち尽くすサクを一人置いて夜の闇の中に消えて行った。

 そして翌朝――。

 借りている民家の中はもちろん、周辺のどこを探してもジンの姿はもうどこにもなくなっていた。