「なぁ、サクヤ」
「はい?」
先を行くジンが足を止め、サクの方を振り向いた。
「こんな場所で聞くことでもないんだろうが……ここだけの話」
「ここだけ、ねぇ」
サクが呆れたように周りに視線を走らせる。
廊下という場所は、ここだけと言うにはあまりに解放的な空間だった。
ジンは顔を歪めて付け加えた。
「いやいや、ちょっと俺がお前の考えを聞きたいだけだってことだよ」
そう言って、ジンはサクをじっと見た。
「お前、朔やる気ねぇか?」
突然切り出された言葉にサクは思わず驚き絶句する。
いや、突然だったからという理由だけで驚いたわけではない。
ついさっきまでのユウヒとの会話の中で、サク自身が初めて自分の思いを固めたばかりの事柄を、まるでわかっていたかのようにジンがいきなり切り出したから驚いたのだ。
サクは目を瞠り、ぽかんと口を開けたままで固まってしまっていた。
「なんだ? お前、どうした?」
ジンが不思議そうにそう言うと、サクは不意に我に返り、その視線がジンのそれと重なった。
「あぁ、いや。なんでそういう話になるのかなと……」
「なんだ。それか」
ジンはにやりと笑ってすぐに言葉を継いだ。
「そりゃお前。月が休めるのなんて、新月の時ぐれぇだろ?」
「はぁ」
「はぁ、じゃねぇよ。朔夜、新月の夜。お前の名前だろ? なんかの符号かってくらい、面白ぇほどにはまってんじゃねぇか」
「えぇっと……はぁ、まぁ……」
「なんだよ。気のねぇ返事だなぁ、サクヤ」
「だってそりゃそうでしょう。この段階まできて、俺にそんな事言う理由がそれだなんて。他でもない、あんたから出てくる台詞じゃない」
今度はジンの方が言葉に詰まったようだった。
だがそれも一瞬で、止まったように感じたその場の空気はすぐに流れ始めた。
「だよな。ま、俺が言う台詞じゃねぇわ、確かに」
ジンが頭をくいっと動かし合図をして、二人はまた歩き始めた。
「朔なんてぇ面倒なもんはよ、やりてぇやつが勝手にやりゃいいってほんのちょっと前までは思ってたんだよ。今一番重要なのは王様を誰がやるかって事だろう? だいたい朔なんてぇもんになりたがるって時点で、ある水準以上の知識や何かはあると思って大丈夫だろうしな」
ジンの言葉にサクは黙って耳を傾けている。
ジンの話は続いていた。
「誰でも同じようなもんだろ、くらいに思ってたんだが……」
「それでさっきのあれですか?」
「まぁそういう事だ。実際、どうなんだよ。考えた事くらいはあるだろ?」
「……スマルにも同じ事を言われたよ」
「本当か?」
「嘘言ってどうすんの」
「……俺の見る目はあいつ以下かよ」
そうつぶやいたジンは小さく舌打ちして、それから大きく一つ伸びをした。
「サクヤ。お前、命拾いしたかもな」
「え……どういう意味?」
サクのその問いに返事はなく、次に口を開いたジンはまったく別の話題を口にした。
「さっきカロンが言ってたやつ、お前はどう思う?」
「……俺に聞くんですか?」
「なんだよ。俺がお前から意見求めたら何かおかしいか?」
――おかしいだろう、どう考えても。
悪びれもせずに言ったジンを、サクはまじまじと見つめた。