蒼月と朔


「どこから話そうか。知ってる人も多いし、まずは武官の方からがいいかな?」

 そう言ってサクが指し示した部分には『禁軍』の文字があった。
 少し癖のあるサクの手によるそれは、現在の城の組織を図にしてわかりやすくしたものだった。

 以前、誰かに教えてもらった事があるような気はするものの、その時にはあまり興味を持てなかったせいなのか、ユウヒの記憶にはそれがほとんど残ってはいない。
 だが、確かにその図にはどこか見覚えがある。
 一番頂点に『王』、そこから横に伸びた線が下に折れ曲がり、そこに『禁軍』の文字があった。

「よし。じゃ、ここから説明するよ」

 サクの言葉にユウヒは身を乗り出して頷いた。
 しかし実のところ、その声はユウヒの思考の輪の中には届いていなかった。
 そんな事になっていようとは気付いていないサクは、自分の書いた組織図を指差しながらユウヒに説明を始めている。
 ユウヒも初めのうちは相槌を打ったり、わからないところを聞き返したりしていたが、突然襲い掛かってきた眠気には勝てず、そのあまりの心地よさに抗うことすらもせずに、ユウヒはあっさりと自らの意識を手放していた。

「……ユウヒ?」

 さすがに様子の変化に気付き、サクは肩を揺すってその名前を何度か呼んでみたが時すでに遅く、ユウヒはほんの一瞬で、すでに夢の中の人となっていた。
 微かな寝息をたて、組んだ自分の腕を枕に突っ伏して眠っているユウヒを見て、サクは思わず柔らかな笑みを零した。

「いつもいきなりだな、お前は……寝る気配くらいさせてから寝てくれよ」

 小さくそうつぶやいて顔にかかった髪を静かに後ろに梳いてやっても、ユウヒは気付く様子もなく、すっかり熟睡してしまっているようだった。

 ――明るく照らしてばっかりじゃ、そりゃお月様だって疲れます……ってか、ユウヒ。

 記憶の彼方のどこかで聞いた気がする台詞を無意識に思い返し、サクは不思議な気持ちで寝台から立ち上がった。

 スマルといた時も感じた、懐かしさにも似ている不思議な感覚。
 それをサクはユウヒと二人でいる時にも感じていた。
 そしてそれと同じような感覚をユウヒも共有していて、その安堵感からユウヒはいつも眠ってしまうのだろうとサクは思っていた。

 少し薄手ではあったが、すぐ側にあった肌掛けの布をユウヒにかけてやると、説明に使っていた紙切れをまた懐にしまって、サクは部屋の出口の方に歩き出した。
 ゆっくりとした動作でサクが扉の取っ手に手をかけるよりも一瞬早く、その扉は音も無く静かに開く。

「……?」

 不思議そうに顔を上げたサクの鼻腔の奥を、煙草の香りがくすぐった。

「ジン?」
「よぉ。あいつは?」

 銜え煙草で部屋をのぞき込むジンに、サクは道を譲るように脇に避けて寝台の方を肩越しに指差した。

「寝ちゃいましたよ。何か用だった?」

 ジンは驚いたように眉をぴくりと動かし部屋の奥に視線を移す。
 寝台には二人の気配に気付く様子もなく、うつ伏せになって眠り続けるユウヒの姿があった。

「……へぇ……なるほど」

 ジンは意味ありげにサクの方をチラリと見た。

「何?」

 その視線にサクが疑問を投げかける。
 ジンは銜えていた煙草を手にして部屋を出ると、天井に向けて紫煙を一気に吐き出した。

「サクヤ。お前、今までここで何してた?」

 そう言ったジンの顔にはいつもの薄笑いが浮かんでいる。
 サクは居心地悪そうにそんなジンを睨むようにして言った。

「何って……別に。話をしてただけですよ」
「いやいや。そんな妙な含みを持たせたつもりはねぇよ。で、何。あいつ、お前が話をしてんのに寝ちまったの?」
「そうですよ。まぁこんなのいつもの事だし、いいかげん慣れっこだけどね」
「慣れっこねぇ……」

 ジンは揺らぐ紫煙を目で追うように天井を仰いだ後、サクの肩を軽く叩いて歩き始めた。
 サクも促されるままにそれに続いた。