蒼月と朔


「その先のこと?」
「そう」

 漠然としたサクの質問に、ユウヒは自分の中の何かが音を立てたのを感じた。

「それだ……そこが見えてこないから、だからずっと考えちゃうんだ、私」
「どういうこと?」

 サクが問い返すと、ユウヒは体の向きだけサクの方に向けて話し始めた。

「王になるのはさ、まぁ蒼月にって選ばれたんだからいいよ。けどさ、それで何もできないんだったら今までと何も変わらない、でしょ? 確かに私が王になるって事だけでも意味はあるんだろうけど、それじゃダメだよなって思ってるの。かと言って何か特別な教育を受けたわけでもないし、政なんて全然わかんないよ。じゃぁどうしたらいいかって考えた時にさ、答えが何も出ないんだよね。情けないことに」
「うん……でもまぁ、そりゃ仕方がない事なんじゃないかな」

 サクは少し俯いて言いよどんでから、顔を上げると口を開いた。

「朔、必要?」
「サク? サクの事?」

 ユウヒに言い返されて、サクはくしゃっと笑って答えた。

「ややこしいね。俺はサクヤでいいよ。で、今話しているのは蒼月の片腕の。そっちの朔、わかる?」
「あぁ……確かにややこしいね。でも、うん。その朔ね。わかるよ、サクヤ」

 ユウヒに名前を呼ばれ、どこか不思議な懐かしさを覚えながらも、サクはゆっくりと頷いてから言った。

「わかるんならちゃんと話そう。今の国の仕組みの中には蒼月にあたる王の場所はあるけど、朔にあたる役職ってないんだよ。宰相職っていうのかな? まぁ朔と宰相っていうのも微妙に同じではない部分が多いと俺は思ってるんだけど」
「そうだね。たぶん何の知識もなく王に選ばれた蒼月を支えるっていうのが朔っていうものの一番の役どころなんじゃないのかな。んー、役どころっていうのも変だけど。政だけじゃない、それまでの生活とは本当にいろいろと違う環境に身を置くことになる王様を、仕事だけじゃなくって、その……陰になり日向となり助けてあげる、そういう人なんじゃないのかな」
「……俺も、お前見てるとそうなのかもなって最近思うようになってきた」
「教育係、っとも違うか。だけど……そうね、そういう意味では……うん、いる。サクヤ、私には朔が必要だと思うよ」

 音が自分の名前と同じせいかユウヒの言葉に妙なくすぐったさを感じつつも、サクはもう一度頷いた。

「今の俺は朔じゃないけど、でも漆黒の翼を組織したりしてる。そっちは? 翼やってる連中もそうだけど……ユウヒはどれくらい元に戻そうとか考えてる?」
「どれくらいって言われてもね、そこまできちんとわかってるわけじゃないよ、私も。ただ全部をそっくりそのまま戻すことが必ずしも最善ではないだろうな、とは考えてる。ヒリュウ達がさ、蒼月なしでも国が動くようにきちんと辻褄を合わせて……まぁ結局あちこち綻んできちゃったわけだけど、でも今の仕組みの全てが悪いってわけじゃないと思うの。それは今考えたところで私のわかることではないんだけど、でも今だから選べる道っていうのも私はあると思う」
「だろうね」

 サクがゆっくりと頷く。
 それを確認するようにユウヒも頷き、また口を開く。

「城にいる人達だってさ、どういう形であれこれまで国を動かしてきたわけじゃない? その知識と経験を全部排除するのはもったいないよ。私はその人達の小指の先程の知識もない。みんなの力がないと、助けてもらわないと私には……悔しいけど何ができるかすらわからない」
「それはさ、嫌でもわかってくるよ。今わからないのは当たり前なんだから、それは落ち込むような事じゃない。じゃ、ユウヒは今の時代にあった形を探したいって思ってるんだね? これまでの全てを排除するわけじゃなくて」

 ユウヒは笑みを浮かべて頷いた。

「中にはおかしな輩もいるんだろうけどね。でもこっちだってさ、権力を手に入れるとか、目的はそこじゃないんだもん。この国をどうしたいか。進みたい方向に持っていけるなら、使えるもんはなんだって使うわよ」

 ユウヒの言葉にサクも楽しげに笑って頷いた。

「わかった。じゃ、俺ももうちょっと前向きに考えることにするよ」
「……何を?」
「うん。まぁ、いろいろ」
「わけがわからん。それよりさ、サクヤ。今の城の中の仕組みとか、どんな人達がいて、誰がどんな仕事してるのかとか……そういうの教えてよ」

 ユウヒがそう切り出すと、サクはまるでそう言われることがわかっていたかのように小さな紙切れを懐から取り出した。
 すっと目の前に差し出され、黙ってそれを受け取ったユウヒは、驚いたようにサクを見つめた。

「私がこう言い出すの、わかってたみたい」
「そういうわけでもないんだけどね。わかりやすいというより、ものの見方とか、考えの組み立て方が俺と近いのかもな」

 そう言ってサクは立ち上がり、寝台に腰をおろした。
 ユウヒは体を起こして向きを変えると、そのままうつぶせに寝転がり頬杖をついた。
 サクはユウヒが手にしていた紙切れをその目の前に置かせると、それを指し示しながら説明を始めた。