蒼月と朔


 いったいどれほどの間物思いに耽っていたのか。
 ユウヒは視界に突然現れた人影に驚いて我に返った。

「えっ? 何!?」

 裏返りそうな声でそう言って寝台の上ではじかれたように体を起こすと、そのすぐ横にサクが呆れ顔で立っていた。

「何、じゃないでしょ。そっちこそ何ぼーっと呆けてるの。俺入ってきたの、気付かなかった?」
「は、入る前に声くらい……っ」
「かけたよ、かけました。返事はなかったけど、ちょっと用事あったし入ってきちゃったよ」
「入ってきちゃった、ってねぇ。まぁ、いいけどさ」

 お茶でも淹れようと寝台から降りようとしたユウヒをサクが制する。

「いいよ。何か飲みたきゃ自分でやる。そのまま横になってろよ」

 サクの言葉にユウヒが首を傾げると、サクは困ったような顔をして言葉を継いだ。

「聞いたよ。あんまり寝てないんだって?」

 そう言われて動きが止まったユウヒの肩をサクは諭すようにポンポンと叩くと、すぐ側にあった椅子を寝台の脇に持ってきて腰を下ろした。
 工芸品なのか、小さいけれどその大きさには不釣合いなほどに頑丈な造りの木製の椅子で、背もたれには荒削りな彫刻が施してあった。

「俺の事は自分で適当にやるから。いいから休んでな」
「そうは言われても、さ」
「少し話をするだけだから」

 有無を言わさないその口調に、ユウヒはそれじゃぁ、と言ってまた寝台に横になった。
 いや、正確には枕を2つ重ねて、ゆったりと寝そべるように体をそれに預けた。

「話って?」

 すぐにユウヒがサクの言葉のその先を促す。
 サクは少し考えるような仕草をして、口を開くと同時にまた髪の毛を指先で触り始めた。

「まず、最初にどうでも良さそうなんだけど気になってること」
「うん」
「髪、邪魔じゃないの? その……剣とか使うのに、長いままで」

 何を言われるのかと少し身構えていたユウヒは一瞬呆気に取られ、思わず吹き出した。

「何を言い出すかと思ったら、これね? 正直なところ、かなり邪魔」
「ふ〜ん。切れば?」
「うん。まぁ、そうなんだけど……」

 そう言って口籠もるユウヒに、サクは不思議そうに問いかけた。

「切れない理由でも? あ、何かやり遂げるまでは切らないとかそういう?」
「違う違う。願掛けとか、そんなんじゃないんだよ、これは」

 ユウヒはそう言って、もうずいぶん伸ばしたままになっている自分の髪の毛先を指にくるりとからめた。

「あの……さ、城の女官さん達。きれいに髪の毛を綺麗に結い上げてるじゃない? あれって相当長く伸ばしてるんだよねぇ?」

 唐突に切り出したユウヒの言葉に、サクはさらに不思議そうに首を傾げた。

「そうなの? 俺、そういうのよくわからない」
「あぁ、そっかそっか。あのね、お風呂で一緒になった時も、皆すごく髪の毛長かったの」
「え? 俺にそれで同意を求められてもさ。何、ユウヒあんなのがしたいの?」
「いやいやいや、そういう事じゃないんだよね。いや、だから、さ……」

 何をそんなに答えるのに躊躇うのか、サクが困ったように顔を歪める。
 ユウヒは大きく溜息を吐いて、半ば自棄になって言った。

「サクが言ったんじゃん! この国の王冠は女の人用になってるって!!」
「はあ?」
「言ったでしょ? そりゃ私は見たことないけどさ。やっぱり女の人用ってことはさ、女官の人達みたいなさ、あんなんした頭に乗っけるものなのかなって思うじゃない。髪切っちゃったらかっこつかないでしょうよ」
「……え、何。そんなんのために髪伸ばしてんの?」

 そう言ったサクの顔は真顔である。

「そうだよ、悪い?」
「悪くはないけど……え? そうなの? なんか女みたいな発想」
「女だよ!」
「そうなんだけど……いや、俺はさ、そういう事考えもしなかったから。それにしても国に戻ってもいないうちからもう即位の儀の心配って。お前も案外肝据わってんね」
「自分でも馬鹿だなぁっとは思ってんのよ。でも切ったらすぐには伸びないじゃない? やっぱりさ、どうせやるなら自分の髪の毛でやりたいっていうか」

 まるで隠し事がばれた子どものように言い訳がましくブツブツとつぶやくユウヒに、サクは笑いを噛み殺して言った。

「いいんじゃない? なんか余裕ありそうで安心した。眠れないとか聞いたからどんなんかなって、いっぱいいっぱいになってんのかとも思ったけど……それはなさそうだな」

 ユウヒはサクの言葉を聞いて、ばつが悪そうに照れ笑いを見せた。
 サクはそんなユウヒの様子を見て安心したように小さく微笑むと、意を決したように切り出した。

「あのさ、ユウヒ」

 先ほどまでとは少し違った声色のサクに、ユウヒは何事かと声の主の方に顔を向ける。
 サクは一呼吸置いてから話し始めた。

「お前、国に帰って、王になって……その先のこととか、考えたことある?」