蒼月と朔


 その時の様子を思い出してユウヒはふっと小さく笑った。

「何が大切なのかを知ってる黒主、オウカ様。信頼も篤く、その人と態には定評が……で、そういう方だって事を周りの人達も、黒州の人達もよく知ってる、かぁ」

 頭の中を整理するように、独り小さくぼそぼそとつぶやく。
 そして天井に向けて伸ばした両手の指をからめ、そのまま大きく伸びをした。

「そんな人がこっちにいてくれたら、ほ〜んと、心強いんだけどなぁ……」

 そう言って、ユウヒは大きく溜息を吐き、また思いを巡らせた。


『推測だって言うことだけど、今の話、皆はどう思う?』

 ソウケンの話を聞き、ユウヒはそう言って居並ぶ面々の思いを確認するかのように一人ひとりを順に見つめた。
 当のソウケンも心配そうにその視線を追いかけた。
 その時、最初に口を開いたのは、意外にもジンだった。

『推測をどこまで信じるかってな話だな……だが、裏付けるもんがなくもねぇ』
『裏付けるって……ジン、何か知ってるの?』

 ユウヒが問い返すと、ジンのその顔からスッといつもの薄笑いが消えた。

『まぁな。俺が知ってる事を話す。まずソウケン、あんたが軍を抜けて行方知れずになってる件は、既に中央の方に上がってる。ジジイ達は浮き足立っちまって使いモンにならねぇようで、もうちょい若い連中が動いてるらしい。ユウヒ、お前のお友達の将軍様やなんかの事だ』
『将軍って……シュウが?』
『シュウ……シュウ殿と言えば、禁軍の将軍ではありませんか?』

 ソウケンが戸惑いの声を上げてユウヒが頷く。

『そうだよ。そのシュウ……で、続きは?』

 生唾を飲み込み顔色の変わったソウケンをよそに、ユウヒはジンに話の先を促した。
 ジンはにやりと笑みを浮かべてまた口を開いた。

『各州の混乱鎮圧の加勢に中央軍を貸し出してるみたいだが……それとは別に黒州にどうやら鼠を潜らせてるようだな。遅かれ速かれ、中央軍から黒州にそれなりの兵力が回されるのはまず間違いねぇ。場合によっちゃ、将軍様直々って事もなくはない、かもな』
『それって……黒州軍の将軍が抜けたって事だけが理由じゃなさそうね。何もったいぶった話の仕方してんのか頭来るけど、ん〜、それって……誰かしらが黒主様のとり得るであろう行動を読んだ上での派兵があるかもって、そういう事よね?』
『あぁ、そういう意味で言ってる。ってか頭来るってなんだよ、ユウヒ。お前が自分の頭で考えて答えを出すように言ってんだろうが、馬鹿女』
『うるさいな、色呆け変態親父。で、他には?』

 重要な説明の合い間にジンとユウヒの間で子どもの喧嘩のようなやり取りが混じり、皆笑いを堪えて話を聞いている。
 中でもカロンは笑いを堪えるのに必死で、とうとう俯いてしまった。
 卓子の端を掴んだ手の、爪の色が白くなっているところを見ると、カロンはどうやら本格的に笑いのつぼにはまっているらしかった。
 そんな事はおかまいなしに、ジンの説明は続いた。

『中央がそれだけ警戒するんだ。黒主殿はおそらくかなりの確率でこちらに付くべく行動を起こす事が考えられるだろう。もちろん、実際にそうなるかどうかとなるとまた別の話だ。黒主殿とその周りが正しい事だと思っていても、黒州の民を抱えてんだ。そう簡単に中央に剣を向けられるもんじゃねぇ』
『でもさ、ジン。前に言ってたよね、黒州は『王』につく、って。それは黒主様だけの話じゃなくって、土地の人達の考え方としてそういうものが根付いているっていう事なんじゃないの?』

 ユウヒの言葉にジンが愉快そうに薄笑いを浮かべる。
 すっかりジンの思うがままの言葉を吐かされているのかと思うと腹立たしかったが、それでもユウヒはそのまま続けた。

『黒州には私の故郷のホムラ郷もある。王都から離れてるせいもあって普段の生活で王様がどうとか、そういう事考えた事なんてないけれど……でも、物事は表裏一体っていう鳥獣信仰の考え方は根付いてる土地よね。何事にも良い面もあれば悪い面もある。その全てを受け入れる存在なんだっていうのがわかってるんだったら……その、少しは民意もこっち側に傾いてくれるんじゃないかなぁ、なんていう考えは甘いかな、やっぱり』

 自分の言葉に自信を今一つ持てなかったせいか、ユウヒの声が尻すぼみになってしまったが、それを掬い上げるかのようにジンが口を開いた。

『確かに黒州はそういう土地だ。クジャって国全体で、皆、腹ん中じゃどっかおかしいのは気付いてんだよ。ただきっかけがない、だからそのままずるずるとここまで来ちまった。火種はずっと燻ってたんだよ、ユウヒ』
『……何となくわかるけど、つまり何?』
『火種があんなら、利用しねぇ手はねぇってことだ。お前も城にいた時に噂だけは聞いた事があるだろう、旅の一座の……あぁ、そういえばそれでお前は投獄されたんだったな』

 ジンの薄笑いがよりいっそう楽しげに、ユウヒの目にはより小憎ったらしく映る。
 睨みつけるように見つめてくるユウヒを一瞥して、ジンがまた口を開いた。

『今あいつらは王都にいる。中心になって動き出したのは一座で蒼月役を買って出たシオだ』