ダーツ 通販 2.蒼月と朔

蒼月と朔


 今夜もまた寝付けそうにない。
 体は疲れているが頭はまだやけに冴え渡っている。
 だから寝付けないのはわかっている、それがこのところの常だ。

 賑やかな夕餉はもうとっくに終わり、ユウヒは自分用にあてがわれた部屋の寝台に横たわり、何をするでもなくただ天井の板の木目を見つめていた。

 全くの素人である自分が何をどれだけ考えようと、それでどれだけ役に立てるのか、それにどれだけの意味があるのか、自問自答するたびにユウヒは自分の無力を思い知る。
 だがそれでも考えずにはいられない。
 まだ自分が緊張感の漂うあの場にいるかのように、ユウヒの脳裏でその日の出来事が何度も繰り返されていた。


『まず国境の警備ですが、警戒されていないという事はないでしょう。数も確かに気になりますが、誰が来ているかというところも……いや、それでも厳戒態勢が布かれていないのも事実。ここはひとまず考えなくても問題ないかと思われます。気になるのはやはり州都に集まっている兵達、そちらの方でしょう』

 皆、固唾を呑んでソウケンの吐き出す一語一句に耳を傾けていた。
 一息おいて、そしてまたソウケンが口を開く。

『間違いなく、これはオウカ様……黒主の命で強制召集がかかっています。おそらくは黒州軍の全軍、各地を全くの留守にはできませんが小隊長を現場の頭に精鋭を少数残し、小将軍以下隊長以上はおそらく残りの軍と共に州都に集結するものと思います』

 推測だという前置きがあったにせよ、ソウケンははっきりとそう言った。
 長く黒州で将軍を務め、黒主オウカとも多くの時間を共に過ごしてきたソウケンの言葉は、推測だと言われてはいても軽く受け流せるようなものとは誰も思っていなかった。
 ユウヒは自分用に用意された部屋の寝台に横になり、独り、ソウケンの話を反芻していた。
 ソウケンの言葉にユウヒは素直に疑問を口にした。

『何のために?』
『……黒主より直々に何らかの通達がなされるのだと思います』
『どんな通達か、見当がついてるのね?』

 ユウヒがさらに一歩踏み込んで言ったその瞬間、一瞬で部屋の空気が緊張で張り詰めた。
 ソウケンは一呼吸おいて周りの空気が鎮まるのを待ち、再度自分の話が推測であると念を押してから言った。

『私の手紙は、妻の手から直接オウカ様に渡ったと踏んでいます。手紙を妻に託したのは、その手紙を読んだ後、私の家族がオウカ様の保護下に置かれることを期待しての事というのは先ほど申し上げた通りです。そして今、州軍に召集がかかっているのもおそらく、私の手紙がその要因になっているのはまず間違いないと思っています』

 一呼吸分の間、そしてまた吐き出される言の葉。

『そして軍を動かす力のある者達を呼び戻しているという点で考えられるのはただ一つ。黒主、オウカ様はおそらくこちらに……ユウヒさん達の方に付こうとしておられるか、もしくはこちらの行動に理解を示しているか、そのどちらかと思われます』

 予期していた言葉とはいえ、やはり皆驚きの色は隠せなかった。
 ソウケンは話を続けた。

『オウカ様は自分の発言がどれだけの力を持つのか、わからないような方ではありません。噂に違わず、物事の真を常に見つめておられる方です。今回の件でもずっとその御心を痛めておいででした。その立場故軽率な行動には出られないが、ご自分がどうすべきかという答えはおそらくもう随分前から見えていたに相違ない……そういう御方ですから』

 少し顔を歪めてソウケンは言い淀んでいた。
 だがそれでも話を続けた。

『今の体制が全くの間違いだとは思ってはいません。ただ、おかしな点がある事も否定はできない。もしもユウヒさん達の働きかけによって、今よりももっと住み良い世の中にすることができるのならば、それが正しいと思える世の中なのであれば、オウカ様はそちらを取ると思うのです。もちろん、現在の体制に反旗を翻すことになるわけですから、独断で遂行する事はないでしょう。兵士達にも州城に勤めている者達にも家族がおります。オウカ様はおそらく、各自の判断に委ねようとなさっておいでなのでしょう』

 誰か、大きな力を持っている誰かが味方に付いてくれればと思ってはいた。
 だが実際にそう言った話を聞くと、本当にそううまい事いくものだろうかと疑問に思ってしまう。
 ユウヒはユウヒなりに考えを巡らしていたが、今一つ思った事が形にできないことにもどかしさを募らせていた。

 解けそうで解けない、もつれたままの思考の糸の、その糸口をずっと探していた。

『そこまではわかりますが……そうする事により事態がより混乱することは無いのですか? 各自に委ねると仰いましたが、もしも誰かがそれによってオウカ殿を反逆者と見なし、王の御名の下に討とうとする事だってあるはずでしょう』

 そう口を挿んだのはサクだった。
 サクのその言い分も尤もな話で、一同頷きながらソウケンの反応を窺っていた。
 ソウケンも頷きながらその質問を聞いていたが、言い終わるとほぼ同時にすぐ口を開いた。

『確かにその通りです。ですが……それはないと思います。戸惑い迷い、オウカ様より離れて進む道を違える決意をする者はあるやもしれません。ですが、それを聞いてオウカ様を討とうとする者は……おそらくこの黒州にはいないでしょう。忠実な臣であればあるほど、そこに至るまでのオウカ様の熟慮の程を推し量ることができます。オウカ様がそう結論を出したのであれば、それだけの理由があるのだと考える者達ばかりです。黒州は、そういうところなのです』
『黒主様が言うことなら全部正しいってこと? 白いものでも、黒ってその人が言うなら黒、みたいな……』
『いえ、それは違います。例えその御身を裂かれても、黒いものは黒だと言い切る方だからです。それが一度、民のためにそれを白という必要があると見るや、あの方は何の迷いもなく既定の概念を捨てて白と言い放つのです。そういう……方なのです』

 どうすればうまく伝えられるのかという風に、ソウケンは困ったように眉間に皺を寄せて言葉を探しながら話を続けていた。