リング 金属アレルギー 1.誓いの空

誓いの空


「えっと……それって、どういう事なの?」

 ユウヒがそう言って皆を見渡す。

「相手にされてない、って事はないわよね? いや、別にそうだったら楽だからいいんだけど……それでもやっぱり私に戻ってきて欲しくないはずだもの。それなりのお達しがおそらく各州に出てるはずなのに、この状況って何ていうか……その、どうぞ入ってきて下さい、みたいな感じに私には思えちゃうんだけど。何なの?」

 さらに念を押すようにユウヒが問いかけ顔を上げると、その視線がサクのそれとぶつかった。
 サクは目を伏せ首を横に振ると、おもむろに口を開いた。

「俺も文官でこういう方面には弱いけど、それでもまるで警戒されていない事くらいはわかる。こっちの狙いは玉座で、目的地が王都であるのもあちらにはわかっている事。それなのに州都に兵を集める理由がわからない。普通に考えて、水際の国境でどうにかしようって動く方が自然だろう?」

 一同の視線がソウケンに集中する。
 ソウケンの視線は地図上のただ一点、州城のある州都ゲンブに釘付けになっていた。
 ユウヒはふと思い出したように、ソウケンに声をかけた。

「戦力とか、そういう具体的な話に入ってもらった方がいいのかもしれないけど……ごめん。少し脱線させて。今、どうしても聞いておきたいことがあるの」

 ユウヒの言葉にソウケン以外全員が顔を上げた。

「なんかね、きっと今の状況と関係があるって気がしてならないの。だから……ソウケン、教えて欲しいの。いいかな?」

 ソウケンが視線だけをユウヒの方に動かして、その身体を緊張で強張らせる。
 ユウヒはその緊張を解きほぐそうと、努めて穏やかな声でソウケンに言った。

「あなたは……ここまでして護りたいと思った家族を、どうして国に置いて、独りで来てしまったの?」
「それは……」
「あっちにしてみれば私達は謀反人であり体制への反逆者だわ。言い方悪いけど、裏切り者の家族よね。人質に取られるとか、他にも……いくらでも利用される可能性はあるのに……そんな危険な場所に、どうしてあなたは大切な家族を置いてきてしまったの?」

 ユウヒへ、そしてソウケンへとその場の視線が移動する。
 ソウケンは一瞬言葉に詰まったようだったが、隠すような真似はせずにすんなりと口を開いた。

「実は……妻に、ある頼みごとをしてまいりました」
「頼みごと? それはその、どういった?」
「手紙を託しました」
「……それは誰に宛てたものなのか、聞いてもいい?」

 ユウヒが返事を促すようにソウケンを見つめたままで小首を傾げる。
 地図を凝視していたソウケンの視線がゆっくりと動いてユウヒで止まった。

「黒州当代の主、黒主オウカ様です」

 その場の空気が緊張に小さく揺れる。
 誰もが次の言葉を探している様子だったが、口を開いたのはやはりユウヒだった。

「私は風の民としてずっと暮らしてたけど、ホムラ郷の……黒州の人間だからオウカ様の噂だけなら少しだけ耳にした事があるよ。普通に考えれば一番身を隠すべきその相手のところに奥さんを遣いにやったって事は、オウカ様がその噂通りの方だとして……そうしても家族は安全だってソウケンは判断したっていうことね?」
「……はい」
「あと、もうちょっと言わせてもらえば……ん〜、その、手紙を見せた後の事を当然考えるよね? で、黒主様の判断に委ねるのが一番安全だって、そう考えたって思っちゃうのは私の考えすぎ?」

 ソウケンから少しも逸らされることないその視線は、ほんの小さな隠し事すらも許さないと言わんばかりの力を持っていた。
 ユウヒに押され、ソウケンが意を決したように息を吐いて顔を上げた。

「いえ、ご察しの通りです。私は事の次第、つまりこちらでお話した事全てをオウカ様宛の手紙に記しました。妻のことですから、中身は見ずとも恐らく迷わずオウカ様の許に届けてくれたことでしょう」
「ご家族の身の安全は、黒主様が保証してくれると?」
「……はい、そう思っております。私のやった事は恐らく許してはいただけないでしょうが、それでもその事と家族の事とはまた別もの。そう考えて下さると判断した上での行動です」
「そう……で、その事と、国境の警備が強化されていない事、兵力が州都に集中しつつある事とは、何か関係があると思う?」

 ユウヒの言葉に同意するようにカロンも頷きソウケンの方を見る。
 ソウケンは少しの間瞑目し、目を開くとユウヒを見つめ、そのまま視線を落として再び地図を見た。

「関係あると思います。私もあわよくばという思いがなかったわけではない。これはあくまでも推測でしかありませんが……そう承知していただいた上で、この先の話を聞いていただけますか?」

 何か思い巡らせるかのようにソウケンの指が地図上を辿る。
 その手を見つめながらユウヒが口を開いた。

「何かあるなら話して下さい。そこから何か見えてくるかもしれないから」
「……わかりました。では、あくまでも推測だという事を前提でお話させていただきます」

 ソウケンは緊張した面持ちで、しかし淡々とした口調で説明を始めた。
 時折ユウヒが口を挟み、そこにジンが加わるなどしながら、その話は日も暮れ夜の帳が下りてくるまで続いたのだった。