それから数刻の後――。
光に照らされた中央の塔の露台に、二人の男が唐突に姿を現した。
一人は禁軍将軍のシュウ、そしてもう一人は宰相位とも言える朔となった……サクである。
そのサクが振り返り、背後にいるであろう誰かに向かって手を差し出すと、その人物はゆっくりとした動作でその手を取り、静かに二人の方へと近付いてきた。
その姿が見えるなり、その場の空気が大きく震えた。
群衆が足を踏み鳴らし大地が揺れる。
湧き上がる歓声が地鳴りのように響き渡る。
三つ並んだ塔の背後から、真昼の空に向かって花火が打ちあがる。
それに触発されたのか、歓声はより一層大きくなっていく。
黄金色に輝く王冠が、日の光に反射して金色の光を放つ。
酔ってしまいそうな程の熱気があたりを包んでいた。
「ほら、何か応えてやれよ」
すぐ隣にいるシュウが、歓声でかき消されそうになりながらも大きな声で言った。
「あ、来たぞ。ユウヒ」
そう言ってサクが空を見上げる。
四方から、そして真上にも、それぞれの光をまとってこの国の守護者達が姿を現した。
この国を想う民の心が作り出したと聞いた黄龍、青龍、朱雀、白虎、玄武が聖獣の姿で中空に佇んでいる。
皆、新しく誕生したこの国の王、蒼月を見下ろしていた。
たまらずその両手を広げた主に向かい、黄龍と四神達がまた光となって降りてくる。
すっと後ろに下がったシュウとサクに代わって、王冠を戴いた蒼月の背後に見目も美しい5人の若者がずらりと並んだ。
「みんな……」
そう言って振り返ろうとした主を制して、その両側に5人が並んだ。
「いよいよですね」
青龍が言うと、それを受けて朱雀が続ける。
「えぇ、これからですよ」
頷く主に目を細めて玄武が呟く。
「あの方にもこの光景は見えているのでしょうか」
その言葉に微笑む様を見て、白虎が主の肩に手を置いて言った。
「見えてるさ。だってヒリュウにこれを一番見せたかったのはお前だもんな、ユウヒ」
四人の言葉を嬉しそうに聞いていたユウヒは、こくりと頷いて口を開いた。
「言葉になんないってさ。私よりもヒリュウの方がいっぱいいっぱいで、さっきから涙を堪えるのに必死だよ、私」
「せっかくの化粧が崩れるぞ、お前」
そう言って黄龍がユウヒのすぐ隣で珍しく泣きそうな顔で笑った。
「そうね。女官達に怒られちゃうね」
そんな他愛もない会話を交わした後、ユウヒは自分達を見上げる人々に向かって一礼し、それから手をあげて小さく振ってみた。
一瞬の静寂の後、その日一番の大きな歓声が空気を大きく揺るがした。
「みんなの思うところに、この国は少しでも近付けているのかな」
手を振りながらそう言ったユウヒに、白虎が嬉しそうに答える。
「この光景を目にする日が来たって事自体、お前への感謝の気持ちでいっぱいだよ」
白虎のその物言いに顔を歪めながらも、玄武がその言葉を継いで口を開いた。
「人間に任せるだけでは歩み寄れなかった。我々だけでも理解を得ることは難しかった。あなたが現れてくれたから、我々を受け入れてくれたからこそ今日という日を迎えることができたのですよ」
その言葉にユウヒが嬉しそうに微笑んだ時、まるでさざ波が拡がっていくかのように、眼下にどよめきが波紋のようにざわざわと拡がった。
気付くと、ユウヒの両側に立っていたはずの黄龍と四神達が皆片膝を付き、手を胸にあててその主に向かって忠誠と最高位の敬意を表し頭を下げていたのである。
この国を守護する神とされてきた者達が、揃ってユウヒに頭を下げた姿を人々は目の当たりにしたのだ。
驚いてやめさせようとしたユウヒの視界の中で、一人、また一人と膝をつき頭を下げるものが現れた。
それは徐々に拡がりを見せ、城の外にいる者達にまで拡がって行く。
その様子に他国の代表達もその場に立ち上がり、この国の主、国王蒼月に対して各々のやり方で敬意を表している。
呆然と見下ろしたユウヒはその中の一人、ルゥーン王国の若き王、ヨシュナと目が合った。
ヨシュナは笑って頷くと、そのまま小さく頭を下げた。
戸惑って振り返ったユウヒに、後ろに控えていたシュウとサクは笑みを零した。
そして二人もまた静かに片膝を付く。
背後ではまだ真昼の花火が大きな音をあげている。
「姉さん!」
不意に呼ばれて声の主を探すと、そこには満面の笑みを浮かべたリンが立っていた。
カナンに促されユウヒに歩み寄り、そのまま露台に手をかけて眼下の光景に息を呑んだ。
姉妹はどちらからともなく寄り添い、リンはすがるようにユウヒの腕に自分の腕を絡める。
2人の胸に昨晩の誓いの言葉が否応無しに蘇る。
『私と、私の周りの人達と……』
『そこから繋がって拡がっていくそのすべての者達が幸せでありますように……』
風が眼下の熱気を巻き上げ、ユウヒとリンの許へと届けてそのまま通り過ぎていった。
その時のユウヒはまだ、その押し寄せる想いに応えられるだけの何かが自分に見当たらず、ただこの瞬間を絶対に忘れないようにしようと心に誓う事しかできなかった。
ただ涙を堪えて無言でその場に立ち尽くし、その光景を目に強く焼き付けるより他に、できる事が何もなかったのだ。
それでもユウヒはその瞬間に、クジャ王国国王蒼月としての第一歩を踏み出したのである。
< 第6章 蒼天の月 〜完〜 >