蒼天にあがる


 高い天井と、その天井まである大きな扉が目に入る。
 女官達がそれぞれの持ち場に並び、先頭の兵士が将軍であるシュウに合図を送る。
 シュウはそれを受けて王の間の扉の前に立って大きく息を吸い込んだ。

「入殿!」

 シュウの声に、大きな扉が中からゆっくりと開かれる。
 ずらりと列になって左右二つに分かれ、この国の中枢である官吏達の姿が見える。
 そして中央に開けられた通路の両側には、大臣達が腰をずらして扉の方を向いていた。

 その面々が一斉に動いた。
 大臣達は膝をつき、官位の低い者達はその場に平伏し額が床につかんばかりに頭を下げた。
 ユウヒが初めてこの王の間を訪れた時には、その中に入る事すらもかなわなかった低位の者達も、今はその場におり、皆一様に平伏している。

 シュウがすっと横に動き、部下である禁軍兵士は将軍に一礼してから王の間へと進む。
 その後に続くのは女官達の列である。
 その手にはそれぞれ正式な王の即位でのみ取り扱われる品々が掲げられている。
 既にあげられている御簾の奥の壇上に、女官達がその手のものを段取り通りに供えて脇へと捌けて行く。
 そして女官達は全員揃って所定の位置に並ぶと、一斉に膝をついて平伏した。

 次に大きく間を空け、月華を帯びた正装の禁軍将軍が入ってくる。
 他の大臣達に比べて装飾は控えめで、不測の事態に備える必要のある武官の長、将軍職ならではの正装である。
 着慣れぬ正装に身を包んだシュウが王の間の中央の通路をゆっくりと進んでいく。
 冷やかし混じりのショウエイの視線を感じたが、そこは無視してその場をやり過ごした。
 禁軍将軍が着席し、少々の静寂の後、王の間の入り口にこの日一番の緊張が走った。
 ユウヒが王の間の入り口に立つと、すぐ脇に控えていた正装の女官が一人、さっとユウヒの足下に膝をついた。

「裾にお気を付け下さいませ」

 小さく無声音でそう告げた声はヒヅルのものだった。
 ユウヒが驚いたように目を瞠り、視線は正面を見据えたままで小さく囁いた。

「頼んだよ、ヒヅル」
「……はい。ユウヒ様」

 この場であえてユウヒという名を選んで呼んでくれたヒヅルに感謝しつつ、ユウヒは一歩、また一歩と歩き出す。
 その後ろに付かず離れずの距離で続くのは、蒼月の右腕、朔となるサクである。
 二人はそろってゆっくりと王の間の真ん中を進んでいく。
 正面には、同じく正装のホムラ、リンの姿があった。

 ホムラのすぐ傍らには、そこにいる者のほとんどが初めて目にする王冠が置かれていた。
 こちらも王旗同様にもう何年も人目に晒されることなく宝物殿に眠っていたものである。
 その大きさはとても小さく、結い上げた女の髪の間に戴くのにちょうどいい、女王のための王冠である。
 ユウヒはその全てに目をやり、そして最後には妹であるホムラをまっすぐに見つめた。
 姉さん、と声なく動いたリンの口許に思わずユウヒの表情も緩む。

 ――ついにこんなところまで来ちゃったね、リン……。

 内心そんな事を思いつつ、ユウヒはリンの真正面まで来てぴたりとその足を止めた。
 ヒヅルの介添えを得ながら、ユウヒはゆっくりとその場に膝を付き、俯く程度に頭を下げる。
 幾重にも重なった装束の裾をヒヅルが手早く整えて一礼してさがり、それを確認したホムラがゆっくりと立ち上がった。

 また一斉に衣擦れの音がして、その場にいる者達がそれぞれゆっくりと床に膝をついた。
 それを合図に青龍省、通称春省の大臣であるショウエイが拝礼してから列を離れ、そのまま御簾のすぐ手前まで進み、さらに壁際の方へ。
 足を止めて向き直ると、その面立ちからは少し低めに思える声でショウエイが告げた。

「これより、即位の儀を執り行う!」

 聞き慣れたよく通る声が王の間に響く。
 ユウヒはゆっくりと顔を上げた。
 結い上げた上に飾り立てた頭は重く、思わずつんのめりそうになる。
 慌ててぐっと踏ん張ると、それに気付いた正面のリンと目があった。
 同じように正装しているリンであったが、それまでに何度も段取りを浚ったのであろう。
 動きにくそうではあったが慣れた様子ですすっとユウヒの方へと歩み寄ってきた。
 介添えをするのはもちろんホムラ付きの女官、カナンである。

「クジャ王国国王、蒼月。前へ!」

 ショウエイの声にその場の視線が一斉にユウヒの背中に集中する。
 ユウヒはまっすぐ前を見つめ、無言のまま歩き出す。
 目の前に神託を記したとされる書簡を手に、リンがホムラとして姉ユウヒを待ち受ける。
 ユウヒこそがこの国の国王、蒼月を名乗る事を許された唯一無二の存在である事を正式に宣言するために。
 御簾の奥にある壇の際までホムラが歩み出ると、そのすぐ前にユウヒが両膝をつき、長い袖に隠れた両手を高く掲げて拝礼し頭を下げた。
 すると背後の気配が慌しくなり、ユウヒとリン、つまり蒼月とホムラ以外の王の間にいる全ての者達が跪き、俯く程度に皆一斉に頭を下げた。
 そのまま進行を執り行うのかと思われたショウエイでさえも、その場に跪いている。
 拝礼し、床を見つめるユウヒの頭上からリンの声が響いてきた。

「長きに渡り雲隠れしていた月が、今ようやく顔を出そうとしている。ユウヒ、面を上げよ」

 シャラシャラという髪飾りの揺れる音を伴って、ユウヒがゆっくりと顔を上げた。