「本日は誠におめでとうございます」
広間にロダの声が朗々と響き渡る。
「こうしてこの好き日を迎えられました事、臣下一同、心よりお慶び申し上げます」
即位を祝う口上はそんな言葉に始まった。
長い長い口上の間、部屋にいる誰一人として頭を上げるものはいなかった。
そして即位を祝うロダの言葉が終わり、ユウヒが何かを返さなくてはと言葉を探していると、一人、また一人と立ち上がりその視線が一斉にユウヒに集中した。
頭の中が真っ白になる。
そこへ、最初に口を開いたのはサクだった。
「おめでとう、ユウヒ」
「頑張れよ」
そう続いたのはシュウだ。
さらにその場の皆が口々に自分の言葉で『蒼月』ではなく、これまで一緒に過ごしてきた『ユウヒ』に対してお祝いや激励を伝えてきた。
瞬間、息が止まった。
涙をこらえるのがやっとだった。
王を迎えるのと同時にユウヒの居場所をも認めてくれたのである。
感極まったユウヒが、それでも何かを伝えようと口を開こうとした時、それを制するようにロダが頭を下げてからユウヒに向かってその時が来た事を告げた。
「では姫様、我々は一足お先に……準備もあります故。あちらで、お待ちしておりますぞ」
ユウヒは言葉と涙を呑みこんでゆっくりと頷いた。
それを確認したロダが優しく笑みを漏らしユウヒに背を向けると、シュウとサクを除いた全員がユウヒに向かって手を掲げて拝礼し、歩き出したロダの後に続いて皆揃って広間を出て行った。
そしてそれと入れ替わるようにして、正装して着飾った女官達が広間の中へと入ってきた。
それを護衛する数名の禁軍兵士達も一緒である。
女官達はそれぞれ手に四神や黄龍の描かれた燭台のような飾りや書簡等を手にしていた。
その全てに儀式において何かしらの意味を持つものなのだろうが、ユウヒは特に聞かされてはいない。
気後れしたのか、ユウヒが少し顔を歪めると、近付いてきたサクが気にするなと言って、ユウヒの肩をぽんと叩いた。
「お前でも緊張するんだな」
少し冷やかすようにシュウが言うと、ユウヒは思わず苦笑した。
「……そりゃ、ね。これから王になろうってんだから」
無理もないか……と、シュウとサクが顔を見合わせる。
その時、屋外の方から賑やかな声が聞こえてきた。
何事かと広間から続く露台にサクが出てみると、城の中庭と、城を囲む城壁の外にまで集まった、数え切れないほどの群集が目に入った。
先ほどの声はおそらく、先に王の間に向かった大臣達を目にして、いよいよ王を拝めるものとその場に集まっている者達が反射的に上げた声なのだろう。
サクはユウヒとシュウのところに戻ると、ふと思いついたように口を開いた。
「顔を見せてやったらどうだ?」
そう言って露台の方に視線を移す。
「いや、顔を見せるというか……外の様子をお前に見せたい、って方が正しいかな」
「外の様子?」
不思議そうにユウヒが聞き返す。
「あぁ、そうだ。今までのこの国を考えると、信じられないような光景だよ」
「どういうこと!?」
「あ、そこはもちろん身の安全を考えて将軍の許可が出たら、なんだろうけどね……」
サクはそう言いながら、返事を促すようにシュウに視線を投げる。
シュウは少し迷ったようだったが、まずはその様子を自らの目で確かめるといった風にシュウ自身が露台へ出て行った。
途端に歓声があがり、外の熱気が広間の中にまで流れ込んでくる。
シュウは驚きの表情で二人の許に戻ってきた。
「え……何?」
戸惑いながらそう訊いたユウヒに、シュウは溜息混じりに答えた。
「顔、見せてやれ。お前がしてきた事の答えだ。俺とサクも一緒に出る」
「な、何? 答えって?」
「見たらわかるよ」
サクがそう言ってユウヒを促す。
念のためシュウが先を歩き、装束のせいで歩きにくいユウヒの手をとってサクが誘導するように介添えして並ぶ。
露台に出たユウヒを吹き込む風と共に迎えたのは、先ほどまでとは比べものにならない、空気をも振るわせるような大きな歓声だった。