蒼天にあがる


「開扉」

 サッと姿勢を正した兵士が、中に向かって声をかける。
 扉の向こう側に控える女官達の気配がして、兵士が通路を避けて横に控えるのと同時に、その扉が内側から開かれた。

 ロダが先に一礼して中に一歩進み、すぐ横に控えてまた頭を下げる。
 その傍らには両膝をついた女官達が手を掲げるようにして拝礼している。
 ユウヒが前に進み出ると、中で待っていた面々が弾かれたようにその場に立ち上がった。
 何やら驚いたように自分を見つめるその様子に、ユウヒは思わず間の抜けた声を上げた。

「へ……な、何!?」

 床を見つめたままでロダが満足そうにほくそ笑む。
 ユウヒはその場に立ち尽くし、戸惑ったように視線を泳がせた。
 すると傍らの女官が一人立ち上がり、満面の笑みを湛えてユウヒの方に近付いてきた。

「殿方は皆、見とれているのでございますわ、ユウヒ様」
「ヒヅル? え? 見とれ……え、何?」

 堪えきれずにロダと女官達の口から笑いが漏れる。
 ヒヅルに先を促され、広間の中へと入っていくと、立礼ではあったが皆が一様にユウヒに向かって頭を下げた。
 後ろで扉の閉まる音がして、ロダがユウヒの背後からついてくる。
 ユウヒは親しい者達のそういった態度に違和感を覚えつつも、用意されていた一番上座の椅子にゆっくりと腰をおろした。
 ヒヅルがすぐ様その足下に膝を折り、装束の裾を手早く整える。

「あ、ありがと」

 ユウヒが小さく礼を言うと、ヒヅルは嬉しそうに笑みを返しそのまま部屋の端の方へ、そして壁際で立ち止まると、部屋の内側を見るようにして向き直った。
 それを目で追っていたユウヒが正面に視線を戻すと、まだ言葉を失ったままで立ち尽くしている男達がいた。
 その様子に思わず噴出したユウヒが、手を少しあげて腰を下ろすようにと合図を送る。
 すると一様にハッと我に返って大きく息を吐き、皆揃って椅子に腰を下ろす。
 ただ一人、サクだけがそのままユウヒの方に近付いてきた。

「やっぱり随分時間がかかるんだな、女性の正装っていうのは」
「まぁ、いろいろあるから。待たせちゃったね。いや、でもサクヤだって……」

 正装をしているサクを見るのは久しぶりである。
 ずいぶん長くなった髪は綺麗にまとめあげ、黒と青、白の三色を中心に落ち着いた色合いの装束に金糸の刺繍が映えて美しい。

「ん? 前に見たのと、ちょっと違う?」

 ユウヒがそう言って少しだけ首を傾げると、サクは少し照れくさそうに頷いて言った。

「あぁ。これ、朔の正装なんだそうだよ。ショウエイ殿の指示で文献等を調べあげて……春省の皆にはいろいろと無理をさせたみたいだね」
「そっか。いいね、落ち着いた雰囲気ですごく似合ってるよ」
「おい。お前が先に褒められてどうすんだ」

 ユウヒのサクに対する褒め言葉を受けて、サクの背後に立ったのは禁軍将軍のシュウだ。

「そっちもなかなかのもんだぞ……いや、驚いた。扉のところに立った時は正直、一瞬誰だかわからなかったよ」
「そうですね。化粧もしてますし……」

 そうサクが続けると、ユウヒが少し複雑そうに顔を歪めた。

「……それ、素直に褒め言葉として受け入れがたい何かを感じるんだけど」

 ユウヒがそう言うとその場の空気が緩やかに和み、シュウとサクが左右にはけるとそこに控えていた四省の大臣達も口々にユウヒを見た感想を述べ始めた。
 総じてどの言葉も、普段のユウヒと比べての冷やかし混じりに聞こえるのは気のせいではないようだ。
 それでもどこかいつもと違うものを感じてしまうのは、ユウヒの正装が紛れもなくこの国の王を示すものだからに他ならない。
 その事にほんのり寂しさを感じながらもユウヒは皆との雑談に興じた。

 話をするにつれユウヒから無駄な気負いをとれてきたようだった。
 その頃合いを見計らって、ロダは控えていた女官達に合図を送ると、女官達は手筈どおりに広間の中を動き回った。
 そして女官達による準備が一通り終わった頃、ロダはユウヒの前に進み出てゆっくりとした動作で膝をつき、恭しく頭を下げた。

「そろそろ時間でございます、姫様」
「そうか……」

 そう言って一息吐くと、その場にいた者達が一斉に片膝をつき、手を胸に頭を下げた。