カヤが今だとユウヒの肩をぽんと叩いて合図する。
ユウヒは既にわかっていたかのようにリンと顔を見合わせ、月華を一気にその光を放つ一点に突き立てた。
金属音のような、何か硬い破片が舞い散り落ちていくような、高い軽やかな音がキラキラと弾け、月華は二人の手を離れてライジ・クジャの中へと吸い込まれて行く。
そしてその一点を中心に光の波動のようなものが幾重にも幾重にも解き放たれ、外へ、恐らくはクジャの国中へと拡がっていった。
突風のような強い波が何度も何度もユウヒ達を通り過ぎていく。
ユウヒとリンは無意識にお互いの両手を繋いで、その波動をやり過ごしていた。
風の中にサヤとカヤの声を聞いたような気がしたが、いつの間にか声どころか、二人の気配すらも消えてなくなっていた。
しばらくしてそれらの全てが落ち着き、祠の中にまた元の視界が戻った時、ライジ・クジャは脈打つような力強い光をその内に湛え、月華はそのすぐ上の空間にまるで何かに釣り上げられているかのようにゆっくりと浮かび上がってきた。
その柄をユウヒが握り締めると、月華はその力をユウヒに注ぎ込んで自身の意思を伝えようとでもしているように、それ自体が生きものかと錯覚するほどに大きく大きく脈を打った。
ユウヒは不思議そうにしばらく月華を見つめていたが、そのうち何かに納得したかのように満足そうに頷き、それをそのままゆっくりと鞘に納めて言った。
「さて、私は戻るよ。リンはどうする?」
少し呆けたような顔をしていたリンは、その声にはっとしたように我に返った。
「あんた、大丈夫ぅ?」
おどけたようにユウヒが言うと、リンは拗ねたような顔をして言った。
「姉さんみたいに根性据わってないのよ、繊細なの」
「腹括ったって言ってよ。で、どうすんの?」
ユウヒの問いに、リンは歩み寄ってきたカナンに祠の扉を開けるように指示を出す。
「そうね。ホムラっぽくここで祈っておくか……明日に向けてもうちょっと調べものをしておくか。そうね、部屋に戻って明日滞りなく事が運べるように何度も浚っておくわ」
「そっか……」
ユウヒはそう言ってカナンの方へと歩き出す。
扉が開くと、外は既に日が傾いて薄暗くなっていた。
「あれ、そんなにここにいたっけ?」
「あれ……本当だ」
後ろをついてきたリンがユウヒの言葉に続いて口走る。
「不思議なことがいっぱい起こるね、姉さん」
ユウヒはリンの方を振り返って言った。
「ホント、まだまだ知らない事だらけね、うちら」
「そうね」
「……ま、よろしく頼むよ、ホムラ殿」
軽口のように言った姉に、リンは思わずふきだして笑い出した。
それを安心したようにユウヒは見つめて、ゆっくりとカナンの前を通り過ぎた。
「カナン。妹を頼むよ」
小さくその言葉を残しユウヒはその場をあとにした。
塔の脇道を通って少し行くと、そこにはシュウがぽつんと立っていた。
「お疲れさん」
そう言ってシュウが投げてよこした小さな包みからは、何やら甘い匂いが漏れてきた。
「これは?」
シュウの方にゆっくりと近付きながらユウヒはなにげなく訊いた。
するとシュウはなぜかばつが悪そうに、差し入れだ、と小さく言って目を逸らした。
なるほど、どうやらヒヅルが持たせたものらしいと気付いたが、ユウヒはその辺りにはあえて触れず、その代わりに月華をシュウの方に差し出した。
「焼き菓子持ったまんまで悪いね……」
目の前で膝をつき月華を受け取ったシュウに、ユウヒが申し訳無さそうにそうつぶやく。
立ち上がったシュウは月華を腰に装備して、俺達らしくていいんじゃないかと愉快そうに笑った。
渡された焼き菓子をシュウにも少し分けてやり、誰に遠慮する事なく二人してもぐもぐと頬張りながら歩く。
ユウヒは明日の段取りを詰めに、シュウを伴い飛翔殿のサクの執務室へと足を向けた。
――明日は長い1日になる。
ユウヒの胸がとくんと一つ大きく脈打った。