蒼天にあがる


「なんか……思い出すね、これ」

 ユウヒがリンを見て言うと、リンも同じ事を思っていたようで頷いた。

「そうね。あの祭の……でも私は今一つ覚えてないんだよね、残念ながら」
「そっか……あの時は怖かったよ、ホント。いきなりあんたが鏡写しみたいに舞い始めてさ」
「そうだったみたいね」
「そうだよ! 目は虚ろだしさ、何だか別人みたいだけどでも間違いなくあんただし。周りは見えなくなっちゃうし」

 ちょっと怒ったような口調で切々と訴えるユウヒに、リンは思わずふき出して、ユウヒはハッとして黙るとばつが悪そうに目を逸らした。
 リンはひとしきり笑った後、ユウヒの名を口にした。

「ユウヒ姉さん」
「……何よ、いきなり」

 いつもと違う呼ばれ方に戸惑うユウヒに向かって、リンはまず片膝を付き、右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。
 思わずぎくりと動きを止めたユウヒの前で、ゆっくりと立ち上がったリンは事も無げに姉の方を見た。

「どうかした? 変な顔……」
「あ、あんたねぇ……実の妹にそんな風に頭下げられちゃったらさ、姉ちゃんはこんな顔もするしかないでしょ」
「姉さんになんて頭下げないよ。『ホムラ』が『蒼月』に対して忠誠を誓って敬意を表しただけ」
「そんなん見てわかるか!」
「あぁもう、姉さん。文句はあとできくから月華を出して」

 投げやりな言葉に苦笑しながらユウヒが月華をリンの方に差し出す。
 リンはそれを確認するだけして受け取ろうとはしなかった。
 そしてライジ・クジャの方に視線を移しておもむろに話し始めた。

「夢だけど……たぶんあれは神託とか、そういう類のものだったと確信してる。内容はこう……」

 ふいっと顔を上げ、今度はユウヒをまっすぐに見つめる。

「私と姉さん、つまり『ホムラ』と『蒼月』が二人でライジ・クジャに月華を突き立てるの」
「……そしたら、どうなる?」

 首を傾げてユウヒが訊くと、リンは頷いてから答えた。

「この国の鍵を開ける、とでも言ったらいいのかしら。何分感覚でしかないし、誰かに説明を受けたわけじゃないんだけど……人間達の手でも治めやすい様に結界や封印なんかをいろいろ施してくれていたようなの」
「誰が?」
「姉さんと一緒にいる守護者の方達か、あるいは『大いなる意志』とか言われているものか。少なくともそこに人間の利害とかそういうものは介入してないわ。あくまでもこの国を護るためになされた事よ。それを全部あるべき姿に戻す、そういう事みたい」
「なるほどね……四神も付いててくれてるし、どうにかできんだろって事ね」
「期待されてるのよ」
「……頑張ります」

 ユウヒはそう言ってから数回深い呼吸を繰り返した。
 目を閉じて、心の中のさざ波が凪いでいくのを待ってからゆっくりと目を開く。
 そして腕を伸ばしたまま肩の高さに構えた月華を、息を吐きながら静かに抜いた。

 祠の中の光を受けて、月華の刀身が冷たい光を放つ。
 それと同時にユウヒの、そしてリンの腕が熱を帯び、そこに火炎のような紋様が浮かび上がる。
 風もないのにその場に上昇気流の渦ができ、煽られた髪がゆらゆらと揺れて靡く。
 月華の刀身に古の文字がくっきりと浮かび上がるのと同時に、二人は柔らかな気配を感じて思わず顔を見合わせた。

「待っていたわよ、この時を……ユウヒ。そして、リン」

 聞き覚えのあるその声は、少し前、ユウヒが月華で貫かれた時に漂ったあの不思議な空間で出会ったサヤのものだった。