「もうよろしいのですか?」
そう言ってユウヒを迎えたのはホムラ付きの女官、カナンだった。
いついかなる時でも主であるホムラの側を離れなかったその女官は、その絶対的な信頼のもと、その傍らでホムラであるリンを支えてきた。
ユウヒは挨拶も兼ねて会釈をすると、そのまま祠の中に入った。
カナンもそれに続き、そのまま二重に施錠をしてホムラの方へと歩み寄る。
そんなカナンの動きを目で追っていたユウヒの視界に、妹の姿が入ってきた。
「待たせたね、リン……」
「ううん、大丈夫。それよりいいの? そっちは落ち着いた?」
「サクヤ達に任せてきたから大丈夫。賓客は全て到着したしね」
「そう」
こくりと頷いて歩きだしたリンにユウヒが続き、それにカナンが付き従う。
ほどなく祠の中の消音石が青白く輝き始めた。
「何度見てもきれいだな、これ」
ユウヒがぼそりとつぶやいたのが聞こえてリンが思わず笑みをこぼす。
そんな姉妹の姿をカナンは嬉しそうに見つめていた。
「そういやさ……」
「……? 何?」
いきなり何やら切り出してきた姉に、リンが不思議そうに振り返る。
ユウヒはばつが悪そうな顔をして前を行くリンを見て言った。
「その、シムザは? シムザはどうしてる?」
その言葉にリンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「郷に……ホムラ郷に帰ったわ。さすがに今回の事でいろいろと省みる気になったみたい。人が変わったみたいに頑張ってるって、母さんからの便りにあったわ。まぁそう簡単に人間変わるもんじゃないけど、とも書いてあったけど」
「そっか。あれ? 母さんと連絡取ったりしてるんだ?」
「してるよ。いろいろ心配だろうし……姉さんはしてないの?」
「えっと……うん。してないな」
リンは呆れたように小さく溜息を吐いて言った。
「まぁ姉さんの事も私が伝えてはいるけど……たまには姉さんが直接言いなさいよ?」
「……うん。でも何だか『あんたそれどころじゃないだろ』って怒られそうじゃない?」
「怒られるかもしれないっていうのと、姉さんが言うか言わないかっていうのは、また別の問題でしょう? ちゃんと連絡しなさいよ?」
「はいはい。わかったわかった……」
「本当にわかってる? 母さん達、本当に心配しているんだからね」
「わかった! わかったってば、もう……」
ふと、リンの側でカナンがくすくすと笑っていることに気付いて、ユウヒは照れくさそうに笑った。
「な、情けない姉ちゃんでしょ。カナン、驚いた?」
情けない声でユウヒがそう言うので、カナンはくすくすと笑い混じりの声で返事をした。
「も、申し訳ございません。あまりに思った通りの方でしたので……ホムラ様の姉君は、それくらいでないと務まりますまいと、そう思いまして」
カナンの言い様にリンは何か言いたげだったが、ユウヒはそれを横目に笑って言った。
「そうね。ちょうどいい具合に均衡保っているのかもね。さて……」
雑談はこれで終わりとばかりにユウヒの表情が引き締まる。
リンの背筋がすっと伸び、カナンはすっと壁際までさがった。
「話はだいたい聞いた。不思議な夢を見たって……で、言われた通りに月華を持ってきたんだけど、もう一度詳しく聞かせてもらえるかな。私はどうすればいい?」
その言葉にリンとカナンが顔を見合わせて頷く。
リンはカナンをその場に待たせ、ユウヒをライジ・クジャの方へと促した。
ライジ・クジャ――。
この国の王都の名前であるが、実はこの祠のある場所を指す名称だ。
ユウヒとリンが近付くと、二人を待っていたかのようにライジ・クジャが青白い光を放ち始める。
それに呼応するかのように、祠の中の消音石の光も強くなってきた。
「月輝石、ね。よく言ったもんだわ」
「え? 何?」
ユウヒのつぶやきにリンが振り返る。
「いや、似てるなって。優しい光だよなって思ってさ」
青白い光に包まれながらユウヒは何故か懐かしむように言った。
ユウヒの胸の内に何が秘められているのかリンにはわからなかったが、それでも姉の穏やかな表情を見て、安心したように笑みをこぼした。
「姉さん、こっち。ここに来てその剣を……」
リンに促されてユウヒはライジ・クジャを間にリンと向かい合った。
光はより一層明るくあふれ出し、祠の中は淡く青みがかった白一色になる。
カナンの姿はもう見えなくなっていた。