ガールズ 12.蒼天にあがる

蒼天にあがる


 城の中庭が騒然としている。
 風に翻る旗は満月に黄龍、禁軍旗である。
 蒼月の即位の儀に参列するため、周辺各国から要人が城に訪れている。
 略装ながら武装し帯剣、帯刀している禁軍兵士達は、その警護のために城内至るところに配備されていた。

 そしてまた中庭に居並ぶ人々が慌しく動き始める。

「そろそろですよ。準備は?」

 涼しげな顔でそう周りに指示を出しているのは青龍省の大臣、ショウエイである。
 部下達の様子を見渡し、おもむろに両手を宙に翳すと、古の言葉で呪文を詠唱し始める。

 その傍らにいる武官は禁軍の副将軍の一人、トウセイだ。
 彼もまたショウエイと同様にぶつぶつと詠唱を続けている。
 そして先に呪文を唱え終えたショウエイは、トウセイの肩に手をぽんと置いて後を委ねると、今度はすっとその場に腰を落とし、その両手を地面にそっとそろえて置いた。
 これまでとはまた別の呪文の詠唱が始まる。
 すると古の文字を散りばめた複雑な幾何学模様が、地面の上に光の線のように現れた。

 その頃合いを見計らって、ショウエイの後ろに立つ人物がいた。
 即位の儀を明日に控えたこの国の王となる人物、ユウヒだ。
 すぐ後ろには禁軍将軍である証、月華を腰に帯びたシュウが控えている。
 ユウヒが何かを確認するかのようにシュウを見る。
 シュウはショウエイの様子を窺ってから首を横に振った。

「問題はないようですよ。そろそろ来ます」
「そう。ヒヅからは誰が?」

 ユウヒのその問いには、シュウの横にいる男が答えた。

「第一公子の龍静殿下と、その側仕えの男だって聞いている。それ以外の者達は順次城に到着しているようだし、こちらで合流するんだろう」
「そうかそうか。ってことは名代って思っていいのかな?」
「今上帝、龍厳殿のお体の調子が優れないとかで……国を守るっていう立場上皇太子である第三公子の龍泉殿下も国を離れられないらしい」
「龍の加護とか何とかってやつね……そっか。ありがと、サクヤ」
「あぁ。そういやさ、お前ヒヅにも行った事はあるんだよな?」
「あるよ。あるけどさすがに皇家の方と知り合う機会なんてなかったよ」

 そう言って笑うと、シュウも苦笑しながら言った。

「そうか。それでその緊張ぶりか。まぁお前なら大丈夫だよ、心配しなくても」
「そうかな? ありがと……だけどやっぱりルゥーンやガジットみたいには行かないな。かつて見知った方を迎えるのとはわけが違うもん。その国を代表する方をよ? クジャを代表してお迎えするわけなんだから……そりゃ緊張はするでしょ」
「まぁ、そりゃそうか」

 シュウはそう言って、ユウヒの肩をぽんぽんと叩いて気にしすぎるなと小さく笑った。
 次の瞬間、足下の幾何学模様が強い光を放ち始め、中庭全体が強い光に覆われ始めた。
 ショウエイの詠唱の声が一段と高くなる。
 そして光の中に人影が現れ、中庭にいる人間はユウヒ以外、文官も武官も全員が一斉に膝をついて頭を下げた。
 礼としては略式。
 なぜならその人々が真に頭を垂れるべき人物はただ一人、このクジャ王国の国王となる人物、ユウヒだけだからである。
 例え王、またはその名代とは言っても、所詮は他国のそれである。
 礼を尽くす程度の事はするが、それ以上のものはない。

 光が弱まり、人影の人物がその正体を現す。
 少し戸惑った様子で辺りを見回すのその人物の方へ、ユウヒの方から歩み寄った。

「ヒヅ国内が大変な時にありがとうございます、殿下」

 ユウヒがそう言って頭を下げる。
 するとそれに応えるように殿下と呼ばれた人物も頭を下げた。

「いえ、お気になさらず。この度はおめでとうございます、蒼月殿」
「おめでとうございます」

 すぐ後に続いて祝いの言葉が、その男の後方からも遠慮がちに聞こえた。
 国の民から神聖視されているヒヅ皇家の公子の言葉としては、非常に手短でユウヒは少し意外な顔をした。
 おそらくその表情から、ユウヒの想いを感じ取ったのであろう。
 ヒヅの第一公子であるその男、龍静は静かに笑みを湛えた顔で言った。

「この者が……千尋が私に言ったのです。蒼月殿は市井から城へ上がり王となられる御方故、いらぬ緊張を煽る様な堅苦しい口上などするものではないと」

 生まれながらの皇族の人間というからどんな人物かと緊張していたユウヒは、その一言に思わず破顔した。

「お心遣い感謝します。千尋? さんも……おかげで肩の力が抜けました。皇家の方をお迎えする事にとても緊張していましたから」
「……恐れ入ります」

 ユウヒの言った言葉に、龍静の背後に控えているその千尋という男は、緊張した面持ちで深々と頭を下げた。
 その様子を主である龍静が静かに見守っている。
 二人の強い信頼関係を窺わせる光景である。
 まだ何か話そうとユウヒが二人にまた話しかけようとしたその時、中庭の一画がまたひときわにぎやかになった。
 龍静と千尋の到着を聞きつけ、先に到着していたヒヅの宮仕えの者達が駆けつけたのだ。
 ユウヒは口にしようとした言葉をぐっと呑み込み、代わりに笑みを浮かべて言った。

「皆さん、とても心配して待っていたようで……どうぞ、あちらへ。この者が案内をします」

 その言葉に応えるように、一人の女官が頭を下げたままですぅっと一歩前に出てユウヒのすぐ近くに控えて指示を待っていた。

「ヒヅル。あとはよろしく頼む。殿下達をご案内して差し上げて。くれぐれも失礼のないように」

 ユウヒの言葉に丁寧に拝礼して、ヒヅルと呼ばれた女官は龍静達を連れてその場を去った。