「……あいかわらずだね、ジン」
ユウヒの言った言葉が静寂に飲み込まれる。
ジンからの返事はない。
それでも構わずユウヒは、頬杖をついてぼそりとこぼした。
「ありがとう。なんか……安心した」
ジンが小さく指を鳴らすと、まるでその場所だけに風でも吹いたかのように灯がいくつか消え、ほの暗くなった部屋の中でユウヒはまた口を開いた。
「私が私を保つって事が、こんなにしんどいと思わなかったよ。いっそ周りが望む通りの『王様』でいた方が楽なんじゃないかと思っちゃうくらい。扱われ方でどういう人間なのかが変わっちゃうっていうのもどうかと思うけど、流された方がどれだけ楽かなって時々頭の中チラついたりするんだよ」
そう言ってユウヒは小さく溜息を吐いた。
ジンは次の言葉を待っているのか、何も言わず、ただ煙草を手にしたままでぼんやりとユウヒを見るともなしに見つめている。
ユウヒはそんなジンを見て顔を歪めて苦笑を漏らした。
そしてまた独り言のように言った。
「それでも私は私。蒼月な私も、ここでうじうじやってる私もみんな私。こういうのって逆の意味の時に使う事の方が多いのかもしんないけど……どんな私も自分なんだなって認めなくちゃだよね。王様の私も私なんだよ、そうして全部の自分をちゃんと引き受けて、折り合いつけながらやっていくしかないんだろうなぁ。これから先、ずっとずっと……」
短い沈黙の後、ジンが一言だけ言った。
「…………だな」
それでもまだ様子のおかしなユウヒを見て、ジンは仕方ないと言わんばかりの態度で静かに言った。
「ま、期待に応えるのもいいだろうが……どうあがいたってお前はお前以上にはなれやしねぇよ。無理して気合い入れたところで意味なんてねぇんだよ、馬鹿」
「……意味、ないかな」
「それで……お前がそれで立ち止まっちまうなら、そこに意味なんかねぇよ。違うか?」
「う〜ん……まぁ、そうかも」
「だったら、堂々と駄目な王様っぷりひけらかしてろ。残念だったな、お前らの選んだ王様はこんなもんだって、わかってもらやぁそれでいい」
ジンの言葉に思わず小さく噴出して、ユウヒはある言葉を思い出し口を開いた。
「あぁ、そっか……『初めにがっかりさせとけば、ちょっとでもマシな事やりゃそれだけで株も上がる』ってコト?」
いたずらっぽく笑いながら、それでもまっすぐ自分をのぞき込むように見つめてくるユウヒを見て、ジンはにやりと口角を上げて言った。
「ま、そういうこった」
ユウヒは黙って頷き、そして両手を上げて大きく伸びをした。
そしておもむろに立ち上がると、ジンに向かって言った。
「ありがと。やっぱ来て良かったよ、ジン」
「……あぁ」
気のない返事のようでも、その温度が変わっているのがユウヒにはわかる。
ユウヒはまた小さく笑ってから、皿を片付け始めた。
その手をジンが掴んで止める。
「ここはいい。お前はもう休め」
「え、でも……」
「いいよ。あいつらがいないんじゃ、どうせすぐには寝付けねぇんだろ? ここはいいから、もう上に上がれ」
あいつら、という言葉に思い当たる顔がユウヒの脳裏に浮かぶ。
「わかった。もう寝るね」
「あぁ。そうしろ」
ジンの言葉に頷いてユウヒは部屋を出たが、すぐに踵を返しまたジンの許に戻った。
煙草を咥えたまま、ジンが不思議そうにユウヒを見上げる。
「来る? 十日後だよ」
唐突に切り出したユウヒに、ジンは煙草を手に、ゆっくりと煙を吐き出してから言った。
「気が向いたらな」
それを聞き、間髪入れずにジンの肩をどんと小突いたユウヒは、何もかも見透かしたように笑ってジンに言った。
「待ってるから。ちゃんと来たってわかる程度には存在を示してね?」
そう言ってもう一度ジンの事を小突くと、ユウヒは満足げに部屋を出て行った。
歩き出したユウヒの背後でジンの舌打ちの音が小さく聞こえたが、ユウヒは気にせず笑いをこらえてその部屋を後にした。
その夜、ユウヒは珍しく横になってから間もなく眠りに落ちた。
翌朝――。
ショウエイに言われ迎えに来たというやや酒臭い息のシュウと共に、ユウヒは城に戻った。
その顔にはもう迷いの影はなく、ジンはそれを見透かしたように激励や別れの言葉もないばかりか、見送りに顔すらも出す事はなかった。