焦燥の中で


「あー、ちょっと冷めちゃったなぁ」

 またシュウがいらぬ勘違い発言をする前にと、ユウヒはわざとらしいくらい不自然に料理の方に話を持っていこうとした。
 それに気付いたのかどうか、ショウエイがくすりと小さく笑う。
 そして何かをぼそぼそとつぶやいて、大皿一つ一つ順に手をかざしていった。
 途端にまたいい香りの湯気が漂い始める。
 ユウヒは驚いて言った。

「え? 何、今の!?」
「いや、冷めちゃったって仰ったでしょう?」
「あっためてくれたの? すごい! ショウエイすごい!」
「ばーか、俺の料理は冷めてもうめぇよ」

 ジンが小さく言った瞬間ユウヒがその頭をぼかっと小突く。

「そういう事言わない! 確かに冷めたってジンの料理はおいしいけど、あったかい方がもっとおいしいでしょ?」

 叩かれたところを擦るジンを見ながら、ショウエイがまたくすくすと笑い出す。
 シュウもそれは愉快そうにジンを見ながら、自分も取り皿に料理を取って食べ始めた。

「けっこう食べたつもりだけど、まだ入るもんだな」
「そう? じゃ食べよう。付き合ってよ、シュウ」
「だな。おい、そこのおっさんも、いじけてないで一緒にどうです?」
「いじけてねぇよ。っつーか、俺の作った料理をお前が勧めんな」
「細かいなぁ、ジン。いいじゃない、食べよう!」

 無理のないユウヒの笑顔、声を確認するように、わかりにくいがジンは満足そうに小さく笑った。
 難しい込み入った話題から、くだらない馬鹿話まで、会話は面白い程はずみにはずむ。
 お互いの立場も忘れて、小さな宴席は大いに盛り上がった。

 そして数刻の後、空になった果実酒の瓶が何本も転がり、出されていた皿の料理が全て消えてしまった頃、シュウとショウエイが顔を見合わせて立ち上がった。
 不思議そうに二人を見上げるユウヒに向かってショウエイが言った。

「それでは我が君、私達はこの辺で失礼致します」

 我が君、という言葉に反応しつつも、シュウもまた口を開いた。

「俺達は帰るよ、ユウヒ。お前はここでお前ん中の『ユウヒ』を開放してやるといい」

 シュウの言葉に目を瞠るユウヒを見て、ショウエイは小さく溜息を吐いて言った。

「無粋だねぇ。そんな皆まで言わずとも……」
「まぁまぁ、そう言うな、ショウエイ殿。じゃ、ユウヒ。明日、城で会おう」
「え? そんなに飲んでて帰りは大丈夫なんですか?」

 驚いたように心配する言葉を吐くユウヒに二人は顔を見合わせた。

「大丈夫ですよ、ユウヒ」
「あぁ、心配すんな。一緒にいんのは春大臣だぜ? 扉の向こうはもう城ん中だよ」
「え?」
「ちょっと! そういう事言わないで下さいよ。そんな日常的に術をぽんぽんと使用しているわけでは……」
「何だよ、いいじゃねぇか。王様っつったって、こいつ、話はわかるヤツだぜ? なぁ、ユウヒ」
「……そういう事ですか。なら安心ですね。ショウエイ、シュウをよろしく頼みます。この人、放っておくとふらりとどこぞに繰り出して、女物の香の匂いを撒き散らしてくれますから」

 にやにやと笑いながらユウヒが言うと、ショウエイが興味深そうにシュウの事を見た。

「へぇ……それはなかなか面白い話ですねぇ」
「ちょ、お前……ユウヒ! お前まだあの時の事を!!」
「いいじゃない、別に。本当の事なんだし」
「だからってなぁ!」
「では、ユウヒ。私達はこれで失礼します。ジン、うちの主に妙な真似したら承知しませんよ」
「するか、馬鹿」

 ジンのその短い言葉を聞き終わると当時に、部屋の床に古の言葉を散りばめた不思議な幾何学模様が浮き上がり、微笑して頭を下げるショウエイと、にかっと笑って手をあげたシュウがその模様の中にすぅっと吸い込まれるように沈み込んで消えた。
 途端、部屋の中が静寂に包まれる。
 別れの挨拶に上げていたユウヒの手が静かに下ろされた。

 ジンが火を点けた新しい煙草の、葉の焼けるじじっという音が小さく聞こえる。
 静まり返った部屋の中で二人、ジンもユウヒもぼんやりと宙を見つめ、ただ黙って座っていた。
 不意に立ち上がり部屋を出て行ったジンが、新しく開けた果実酒を手に戻ってきた。
 そして今度はユウヒの向かい側に座って、手酌で酒を呷り始めた。