焦燥の中で


「まぁ焦らずに……一つ一つ」

 そんなユウヒを見ていたシュウが、微かに笑みを浮かべて言った。
 ユウヒは黙ったままでただ頷いたのみだった。
 だがその頭の中では、ついさっき言葉にして吐き出したものの数倍、いや数十倍、数百倍の情報が渦巻いていた。

 自分の吐き出した『言葉』を中心にして、それがまるで何かの型にでもはまっていくかのように、一つ一つ、カチッカチッと納まるべき場所に納まっていく。
 口に運ぶ料理を咀嚼して嚥下するのと同時に、その情報をも咀嚼して自分なりに飲み込んでいくユウヒは、傍目に見ればただぼんやりしているようにしか思えないかもしれない。
 だがここにいる三人はそんなユウヒをそのままにしてくれた。
 ユウヒはその事に感謝しながら、ひたすら自分の中の情報と向き合い続けた。

 やがてそんな内面が現実の自分に追いついてきた頃、まるでそれがわかっているかのようにジンが言った。

「そのために受け入れた『時間』だろーが」

 そう言ってちらりとユウヒの方へと流したジンの視線と、ユウヒの視線が絡み合う。

「うん……まぁ、そうだね」

 そう答えたユウヒの顔が少し曇った。
 王である自分を認めたと同時に受け入れた運命。
 もちろんそれに限りはあるのだろうが、それでも人間の一生とは比べることすらできない程の悠久の時間をユウヒは生きていくことになる。
 愛する者達が全て去っていく中を、一人歩き続けなくてはならない過酷な運命をユウヒは背負っている。

「そんなもん心配しなくても……あいつがお前を一人にはしねぇだろ」

 ユウヒの様子を見つめていたジンが口を開いた。

「は? あいつ!?」

 ジンはちらりとユウヒを見て、何故わからないのかと怪訝そうな顔をした。

「スマルだよ。黄龍が復活したとはいえ、あいつ、全部が全部を返しちまったわけじゃねぇと思うぜ?」
「確かに」

 ジンの言葉を肯定してショウエイが小さく笑う。
 シュウも頷きながらユウヒに言った。

「俺もそう思うぜ、ユウヒ。あいつなら国の守護者相手でもそれくらいの事やりかねないよ。お前のためだもんな、何をしでかすかわかったもんじゃない。なぁ? 安心してていいんじゃないのか」

 ユウヒは返す言葉が見当たらなかったが、かわりに照れくさそうに歯を見せて、いひひと笑って見せた。
 そして場の空気を変えようとでもするかのように、ユウヒは少し大きな声で言った。

「そうだ。もう知ってるかな……今日の朝議で決まったんだけどさ、ジン」
「は?」

 興味なさそうにジンが答える。
 ユウヒはかまわずに続けた。

「十日後に決まったよ、即位の儀っていうか、お披露目っていうか」
「……そっか」
「あ、そうだ。ショウエイさ……ショウエイは春大臣、よね?」
「えぇ、そうですよ」
「朝議の後にね、隣国から来る賓客のために結界がどうとかこうとかって……ロダが」
「ちょ……全然わかってねぇじゃねぇか、馬鹿」

 すかさずジンからツッコミが入るが、ユウヒは無視してそのまま続けた。

「もう周辺の国には通達を出したとか何とか……でも私のわがままでこの国の人達にも見て欲しいって、そういう風にしてくれって言っちゃったんだよね」
「なるほど」

 形は違えど警護を担うショウエイとシュウが顔を見合わせる。
 ユウヒは申し訳無さそうに二人に言った。

「仕事がたぶんすごく増えちゃうと思うんだけど、でもお願いできるかな」

 幾分か力のないユウヒの言葉に、ショウエイは首を横に振って小さく笑った。

「問題ないですよ。そうですね、移動に時間がかかって国内に入ってから問題が起きても面倒ですし……あ、でも空間をつなぐ方法もありますから、それで王都に直接来ていただくようにするとか。まぁいくらでもやり様はありますから、そこは春省の方にまかせていただければ」
「ご、ごめんなさい。一番忙しい部署にさらに仕事を押し付けちゃうことになっちゃって……」
「いえ、大丈夫ですよ。この男の配下もきっちり動員させてもらうつもりですしね」
「え? うちの連中かよ」

 シュウが驚いたようにショウエイを見る。
 ショウエイは涼しげな顔をしてシュウをチラリと見やるとまた口を開いた。

「えぇ、禁軍の方々です。あれだけの力を持っている方々ですからね、こちら側の力が全く備わっていないというわけでもないんですよ。まぁ中にはそういう方もいらっしゃるんでしょうけど……そういう方にはそうですね、その生命力でも削ってもらいますか」
「は!? うちの連中に何するつもりだ、あんた」
「例えばの話ですよ。術が発動できないんだったら、まぁその潜在能力だけこうもらって、こちらの力の増強に使わせていただくというか、そういうことです」
「おいおい、何だか魂でも引っこ抜かれそうな話だぞ。大丈夫なのか?」
「まぁ、根性なしは術式の終了後に使いモノにならない抜け殻になっちゃうかもしれませんけどね。それはそれで、それだけのものだったって事で」

 ユウヒがくすくすと笑っている向かい側で、シュウとショウエイがまた何やらもめ始めた。
 ジンはユウヒに酒を勧めて、自分にも手酌で果実酒を注いだ。

「ま、とりあえずはそこだろ。そっから先は、今から心配したって仕方ねぇよ。何か起きる前にどうにかできるに越したこたぁねぇが、誰にもどうなるかわかんねぇんだ。違うか?」

 ユウヒの方を見もしないでジンはぼそりとそう言った。
 ユウヒはその言葉を受けてゆっくりと頷き、ジンの方を見て言った。

「それもそうね。やっぱり無理言ってここに来て良かったかも」
「……そっか」

 ぼそぼそと話す二人にいつの間にか静かになったショウエイとシュウが顔を見合わせる。
 ユウヒは顔をあげるとにっこりと笑って、ジンの作った料理を食べ始めた。