「あの男って……え? ジンのこと?」
「はい。そうです」
「ショウエイ様……じゃなくて、ショウエイとジンって面識あったの?」
「付き合いは長いですね。でもそれについてはまぁ、今は置いておくとして……ユウヒ。話って何なんですか? 私で良ければ伺いますよ」
その言葉にシュウが敏感に反応する。
「おい、俺もいるんだぞ。何だその言い方は。せめて『達』をつけて言ってくれ……って、そういう事だぞ、ユウヒ。いろいろ気にしているようだが、何でもかまわん。言ってくれ」
そこへ大皿を二つ持ったジンが入ってきた。
ユウヒが皿を受け取ると、ジンはそのまま黙って部屋を出ていこうとした。
「ジン!」
ユウヒが呼び止めて、自分の隣をばんばんと叩いて言った。
「ジンは、ここ。何を自然に出て行こうとしてんのよ。ジンはここ、私の隣に座るの」
そう言われて、ジンは何とも嫌そうにシュウとショウエイを見てから、渋々といった様子でユウヒの隣に腰をおろした。
あれほど声をかけて動かなかったジンがこうもあっさりと席につくものだから、さすがにショウエイもシュウもたまらず笑いだした。
「え? 何?」
ユウヒがそう言っても二人はジンの手前答えるのも躊躇われ、ひたすらくつくつと笑い続けるしかなかった。
ジンはジンで居心地悪そうにしてはいたが、前掛けをはずして傍らに置き煙草に火を点けると、かったるそうに頬杖をついてユウヒの方をちらりと一瞥して言った。
「どうしたよ。こいつらがいちゃ話せねぇってわけでもねぇんだろ?」
「それはまぁ、そうなんだけど……」
「だったらとっとと話せ。なに、初めにがつんとがっかりさせとけば、ちょっとでもマシな事やりゃそれだけで株も上がるってもんだぜ? だいたいお前がどうしようもねぇ馬鹿だって事ぐらい、こいつらだってわかってる」
「ちょっとジン! それもひどくない?」
少し憤慨したようにユウヒが言ったが、ジンは何を今さらといった風に溜息混じりに吐き出した。
「ひどいことあるか。こんなめんどくせぇ時に体制ぶっ壊してまで王様やろうってなヤツぁ馬鹿以外の何者でもねぇだろう。違うか?」
「ジン。もうちょっと言い方ってものがあるでしょう? まったく……素直じゃないっていうか何ていうか」
呆れたようにショウエイがそう言うと、シュウもにやけた顔を隠そうともせずこくこくと何度も頷いた。
ユウヒは小さく苦笑を漏らして三人の顔を見渡した。
「それもそうね」
そしてそう小さくつぶやくと、意を決したように話し出した。
「いや……これまでずっと当たり前だった事をさ、そうじゃないよーってひっくり返すわけでしょ。やっぱ難しいよなって。そりゃそうなんだけど、でも本当にそうだなって思ってさ」
聞いている三人は特に口を挿む様子もない。
それぞれが勝手にやりながら、ユウヒの話に耳を傾けている。
ユウヒはそんな三人の態度がありがたかった。
ユウヒは思っていた。
おそらく自分は相談に乗って欲しいわけでも、何か意見が欲しいわけでもないのだろう。
ただ自分の言葉で吐き出すことで、心の在り処を確認したかった。
大量に詰め込まれた情報を頭の中で自分なりに整理したかった。
おそらくただそれだけなのだ、と。
これまでであれば、そんな時ジンはいつもそれをなぜか察してくれて、何を言うわけでもなくただユウヒの側にいてとことん付き合ってくれた。
ところが今日はジンだけでなく、そこにはショウエイとシュウがいた。
そのことで、ユウヒもどうしようかと思ったのだが、こうしてこの店に来ることもこれから先難しくなっていくこともわかっている。
――話を、しなくては。
ユウヒがジンに促されるままに話し始める。
ショウエイとシュウもジンと同じようにただ黙って聞いてくれていた。
ユウヒから無駄な力が抜け、安心したように声音が少し落ちる。
気負いがなくなった声。
誰に言うわけでもない、ただ独り言をこぼしている、そんな声だ。
「だけどみんな心のどっかでおかしいって思っちゃいたんだろうね。いくら四神が……黄龍がこっちに付いててくれるからって、だからって誰もがさ、皆が皆、耳を貸してくれるとは思ってなかったんだよ。でも違った。程度の差はあるけど皆考えてはくれてる」
ユウヒはそう言って果実酒を一口だけ口に運んだ。
そしてまた口を開く。
あいかわらず他の三人は黙ったままだ。
「あとは今まで虐げられてた人達だよなぁ。ま、そんな事もあったけどこれからは仲良く……なんて、いったいどれだけの人達がすんなり受け入れてくれるのかってさ、溜息しか出ないよ。四神の皆が抑えててくれてるとはいえ、不満とか憤りはずっと燻り続けるだろうなぁ」
そう言ってユウヒは盛大に溜息をついて、それからジンの作った料理をおもむろに食べ始めた。