「なぁ、お前ホントにあの人とは何もねぇのか?」
ユウヒが腰を下ろすなり、訝しげな顔をしてシュウがそう訊いてきた。
一瞬固まったユウヒだったが、すぐに、ない、ときっぱり言い切った。
そこへ一つ目の料理を持ったジンがむすっとした顔で入ってきた。
出来たての料理から上がる湯気を纏った皿を置き、取り分けのための皿を数枚無造作に置くと、ジンはシュウの方を見下ろし吐き捨てるように言った。
「馬鹿か、お前は」
ショウエイが思わず噴出すが、シュウは納得のいかない様子で食い下がる。
「いや、だって聞きたくもなるでしょう? 俺、何度気まずい思いをしたか……」
「そりゃお前が四六時中そんな事ばっか考えてっからだろ、将軍様よぉ」
「んなわけないでしょう。で、どうなんです、実際」
よほど気まずい思いをしたのだろうと、ショウエイが同情混じりの視線でシュウを見ている。
当のジンはユウヒをちらりと見て、落胆したような顔をして言った。
「間違い起こす気にすらなんねぇわな、こいつ相手じゃ」
ユウヒももちろん負けてはいない。
「私だって嫌だよ、こんな胡散臭い何考えてんだかわかんないおっさん」
たまらず再び噴出したショウエイが、抑え切れない声を漏らしながら笑っている。
ジンはそれまでのやり取りを完全に無視して、ユウヒに向かって言った。
「おい……」
「ん?」
ユウヒが首を傾げてジンの方を見る。
「何かあんだろ? 幸か不幸か、あそこにいる馬鹿な連中の中じゃ、まだマシな馬鹿がここに二人揃ってる。話してみろよ」
あそことは言うまでもなく「城」の事だ。
いきなり本来の用事を思い出してユウヒがハッとしたように身体を強張らせる。
それを見たジンは満足そうに不敵な笑みを口の端に浮かべて、もう少し何か作ってくると言い残して部屋を出て行ってしまった。
残された三人の間に、何ともいえない微妙な空気が流れる。
「うーん……」
ユウヒはわざと声を出して考え込んだ。
それを気遣うように、向かい側からショウエイがユウヒに声をかけた。
「ジンはあんな風に言っていますが、我々に話しづらい事であれば……今日はもう引き上げますよ?」
顔を上げたユウヒにショウエイとシュウが黙って頷いてみせる。
ユウヒはちょっと困ったような顔をしてから、迷いを振り払うかのように首を横にぶんぶんと振ってから大きく溜息を吐いた。
「どうかしたか?」
心配そうにシュウが言うと、ユウヒはそれぞれの前に置かれている容器に果実酒を注ぎ、少し喉の奥に流し込んでから口を開いた。
「いや……もういいや。シュウには私がどんな人間かバレちゃってるんだし、ここでいきなり頼りになる王様ぶって虚勢を張ったところで、いつか無理が来て疲れちゃうだけだわ」
「なんだよユウヒ。お前そんな事考えてたのか?」
「違うよ、シュウ。いや、違うというか……何て言うのかな。愚痴とも違うんだけど、何か聞いて欲しいっていうか」
「ジンに話があったって事ですか?」
ショウエイが口を挿む。
ユウヒはその言葉に頷いて、また口を開いた。
「女官の皆も私のわがままを聞いて極力今まで通りに振舞ってくれてはいるけど。でもね、やっぱり城に戻ってからはさ、違うよね、さすがに。無理もないけど」
「それは仕方がない部分なんじゃないか? あそこはこの国の中でも一番自分の立ち位置を意識させられる場所でもあるんだ。ホムラ様の実姉ってだけでも、やっぱ特別なもんはあったろう?」
シュウの言葉にユウヒは素直に頷いた。
そのままシュウは話を続ける。
「それが今度は王様だろ? この国の頂点だ。そう考えれば、まだ随分と砕けている方だと思った方がいい」
「わかってるよ、シュウ。でも……情けない話なんだけど、自分の中の『ユウヒ』の部分がさ、時々悲鳴をあげるっていうか、さ」
「それも無理からぬ事でしょう。そんなご自分を隠したり偽る必要もないと思いますが」
ショウエイが言うと、ユウヒは少し苦しそうに笑みを浮かべた。
「それもわかってはいるつもり。でも今は『ユウヒ』は置いといて、とりあえずロダが教えてくれるいろんな事を、自分の中に収めていかなくちゃなんないから。けっこう大変かな」
「まぁ時期が時期ですからね。落ち着くまではどうしても、個人の部分は後回しになってしまうかもしれないね」
「そうだな。あんまり無理は良くないと思うが、あまり根を詰めるなよ、ユウヒ」
二人の言葉にユウヒがただ黙って頷くと、ショウエイがまたユウヒに声をかけた。
「で、何なんです? 何か聞いて欲しいってさっき仰いましたね。何か、ロダ殿の話でわからない事があったとか……そういう類の?」
「いや……ほら、自分で口にする事で頭の中が整理整頓されてきたり、いろんな事が見えてきたりするじゃない? 城にいるととにかく詰め込む事が多すぎて、自分の中でそれが纏まらないっていうか何というか」
「なるほど、そういう事でしたか」
「そうなの。言ってる事があっちこっち言ったりするし、それに自分の上に立とうっていう人間がそんなんかって思ったらさ、二人もがっかりするかなぁ〜とかちょっと思ったりしてさ」
「がっかり、ですか? それはないでしょう。この男もそうですが……」
ショウエイがそう言ってシュウの方に視線を投げ、そしてそのまま話を続けた。
「多くの人間があなたを認めて力を貸しているわけですから。それに……」
「ん? それに?」
ユウヒが問い返す。
ショウエイは小さく笑ってから続けた。
「それにね、あの男がここまで誰かに懐くのなんて、私は初めて見ましたから。それだけの人物だということです」