焦燥の中で


「これはこれは……」

 ショウエイのその言葉と同時に3人の視線が集中する。

「はぁ〜、やっと来れたわ……って、え? 何!?」

 驚きに目を丸くして立ち尽くすユウヒの姿がそこにあった。
 自分に集まった視線をもろに受けとめ、瞬きをただ繰り返すユウヒにシュウが声をかけた。

「何って……それはそっちじゃないのか?」
「あ、あれ? シュウ? それにショウエイ様まで」
「オレは呼び捨てでショウエイ殿は『様』か、ユウヒ」
「あぁ、す、すみません……」

 小さくなるユウヒに、ジンが呆れたように言った。

「馬鹿かお前は。今この国じゃ、お前が『様』をつけにゃならんような人間はおらんだろ」
「いや、それはそれ。やっぱり敬意っていうか、ねぇ?」
「俺に聞くなよ。ほら、手伝え。そこの皿持ってって洗え」
「えぇっ!? 何よジン、言ってることめちゃくちゃよ? 今この国じゃ私が『様』を……っていうか、今日は客だよ、客! 私、お客さんで来たつもりなんだけど!!」
「だろうな。だが今日はしつけー上に性質の悪ぃ客がしぶとく居座るもんでなぁ。ちょうど手が足りねぇって思ってたとこだよ」

 その言葉にユウヒはその「性質の悪い客」の方に目をやる。
 ショウエイは柔らかな笑みを浮かべ、シュウは何か言いたげな視線をジンに送っていた。

「……まぁ、いいわ。手伝ってあげる」
「おぅ。悪ぃな」

 およそ悪いとは微塵も思っていない口調でそう言うと、ジンは調理場の方へと消えて行った。
 ユウヒは置いてあった皿を手にしてシュウとショウエイに言った。

「何だかちょっと意外な組み合わせなんだけど……二人、仲が良かったの?」

 返事を促すようにユウヒが小首を傾げる。
 するとショウエイがさも心外だと言わんばかりに口を開いた。

「そんなわけないですよ。たまたまです、たまたま」

 これにはシュウも黙っていない。

「おいおい、俺の誘いに乗ってついてきたんじゃないか。それを何だよ、まるで偶然ここでばったり会ったみたいに」
「あぁ、そうでしたっけ? もう忘れましたね」

 悪びれもせずにそう言ったショウエイは、果実酒をまた手酌で注ぎ、一気に呷ってユウヒの方を見た。

「こんな風に顔を合わせるのは初めてでしたね、我が君。少々体調を崩して臥せっている間に春省の方もいろいろごたついてしまって……挨拶に伺うこともせず申し訳ありませんでした」

 そう言って優美に微笑むショウエイをシュウが胡散臭そうに見る。
 それを気にする様子も見せずにショウエイは続けた。

「青龍省の大臣を務めております、ショウエイと言います」
「あ? あぁ、えぇ。噂は女官達からいろいろ伺ってます。でも想像以上に綺麗な男の人でちょっと驚きました」
「ありがとうございます」

 ゆっくりと頭を下げるショウエイの向かい側で、その全てを否定しようという勢いでシュウが顔の前で手をぶんぶんと振っている。
 卓子の下でガタンという音がして、シュウが顔を歪めた。
 ショウエイがシュウの脛を蹴ったのだ。
 ユウヒはくすくすと笑いながら言った。

「シュウとそんな風にしてるって事は、ショウエイ様も噂や見たままの方ではないって事なのかな?」
「何を仰いますか、我が君」
「その我が君ってのやめろよ、あんた。聞いてるこっちがたまらん。妙な寒気がさっきからひどい」

 シュウが本当に嫌そうにそう言うので、ショウエイは溜息混じりにユウヒに言った。

「では……私もユウヒとお呼びしても?」

 すいっとゆっくり流された視線が何とも艶っぽいのはこの男の持って生まれたものなのだろうかと怯みつつも、ユウヒはにっこり笑って頷いた。

「もちろん」

 すると調理場から戻ってきたジンが、部屋の出入り口で皿を持ったまま立ち話をしているユウヒの後ろに立った。

「あ、ジン。どうした?」
「どうした、じゃねぇよ。ほら、よこせ、皿」
「あぁそっか。ごめん……あ、でも手伝うよ」
「……そうか?」

 ジンは一旦ユウヒから取ろうとした皿をまたユウヒの手に戻し、そのまままた調理場の方に行ってしまった。

「じゃ、ちょっとジンを手伝ってきます」

 ユウヒはそう言って頭を下げ、ジンの後を追って調理場に向かう。
 そして調理場の入り口に立ったユウヒは、その懐かしい光景に思わずその足が止まった。
 雑然としているようで、すっきりと無駄なく片付けられたジンの「城」である。
 立ち止まったまま、なかなか入ってこないユウヒを不思議に思ったジンが、咥えた煙草に火を点けながら振り返った。