SEO 10.王の器

王の器


「ロダ殿。あなたが危惧されるのも無理はない。私は王を名乗るには余りに無知だから……それは自覚しているんです」

 何を言い出すのかと、ロダだけではなく周りの者全てがユウヒの言葉に耳を傾ける。
 その様子を、黄龍と四神達が見守っている。

「それでも私は選ばれたのだから……だからここまで来たの。本当にたくさんの人達に助けられて、知恵と力を借りて、やっとここまで来たんです。今ここに私が立っているのは、偏にその方達の尽力があったからです」

 もともと人前で話す事は何でもないが、自分の思っていることを口に出すことに限ってユウヒはあまり得意な方ではない、むしろ苦手と言ってもいい。
 だがユウヒは拳を握り締めて、目の前の老人に向かって話し続けた。

「頼りないのだって、今一つ信じてもらえない事も理解できます。それでも私は王になります。王になって、この国の未来を作っていかなくっちゃならないんです」
「……なるほど。新しい時代が幕を開けると、そういうわけですな」
「はい」

 迷いのないユウヒに返事に、ロダはただ、力なく笑った。

「そのような国作りに、私のような老いぼれの居場所などありますまい。ましてや……この通りの状況、ここから先は……」
「いいえ! いいえ、ロダ殿! それは違います!」

 全てを諦めたようなロダの言葉に周囲が安心したその瞬間、その言葉をユウヒが打ち消した。

「ユウヒ?」

 サクが数歩歩いてユウヒと並ぶ。
 そこにはスマルもいた。
 ユウヒは両側に立つスマルとサクを見ると、小さく大丈夫だと言って、またロダと向き合った。

「私は……私はこの国を新しく創り上げていく事が、古いものの排除だとは考えていません」
「ユウヒ……」
「ロダ殿、わかっているのでしょう? 蒼月という称号を持つ王が立つからと言って、全てを昔のように戻せるわけじゃない。かと言って今の状況から少し軌道修正すればいいような、そんな簡単なものでもない。人も、それ以外の種族も、憎んだり、蔑んだり、そういった時代を長く過ごしてきたんです。何もなかったことにはできない。忘れようたってできることじゃない。そういうところから私達は、自分達の進むべき道を少しずつ探していかなくっちゃならないんです」

 ユウヒはそう一気に言うと、大きく息をしてからロダに言った。

「力を貸して下さい、ロダ殿。今の私は少しでも多くの知恵が必要だ。あなたがこれまで城で過ごしてきた時間は、私にとっては何より貴重な財産です」

 ユウヒの言葉に辺りがざわめき、ロダは驚きの余り顔色が変わる。

「おい、正気か?」

 背後からシュウが声をかけたが、ユウヒは振り向くことなくそのまま続けた。

「あなたの思うような国にはしてあげられないかもしれない。でも私一人では何もできないのもまた事実。私を無知なただの女だと思うのであればなおさら、あなたの力を貸して下さい、ロダ殿」

 毒気を完全に抜かれ、まるで腑抜けのようにロダの顔が情けないものに変わっていく。

「この国を追われ、隣国ルゥーンで過ごしていた時、私はある星読みから教えてもらいました。月という星は他の小さな星達とは違って、自らの力で輝くことのできない星なんだそうです。私に与えられた称号は蒼月……月の名をもらった私もまた然り、己の力だけでは何をなす事もできないただのちっぽけな人間でしかない。それでも私は周りに支えられてここまで来ることができた。皆が私を照らす日の光となってくれたから、今こうしてここにいるんです。ロダ殿、あなたにもまたその光の一部となって、この先の私を導いていって欲しいんです」

 サクとスマルが顔を見合わせ、そしてユウヒを見る。
 黄龍、そして四神達もまた、ユウヒの事をじっと見つめた。

 ――なんだ? なんなのだ、この女は!?

 ロダは戸惑いそして思い知る。
 器が違う。
 そして何より見ているものが自分とは違う。
 目の前にいるこの王を名乗る人物の事を、あれほど嫌悪していたはずであった自分が、あれほど自分の利権の保持に必死だったはずの自分が、いつの間にかこの女の作る国を見てみたいとすら思い始めている。

 ――なんだというのだ、いったい……。

 気付くとロダはその場にぺたんとへたり込んでいた。
 そしてそのままへなへなと小さくなり、ついには額を地面に擦り付けるようにしてロダはユウヒに平伏した。
 そんなロダの姿を目の当たりにして、既に捉えられていた王の取り巻き達も、顔を見合わせ、慌ててそそくさと膝を折り始める。
 すると一人、また一人と、ユウヒを中心に全ての者達が膝をつき、ある者は平伏し、またある者は跪拝し、そしてまたある者は呆然と力なくその場に座り込んだ。

 ユウヒはただ、その光景をぼんやりと眺めるようにして見つめていた。
 そんなユウヒを黄龍、そして四神達が取り囲む。
 そしてそのまま、静かに、ゆっくりと片膝をついた。
 自分達の、たった一人の主の下に。

「守るべきはこの国の民。ユウヒ……いや、蒼月。私達の望むこの国の未来を、あなたは約束してくれますね」

 その言葉を聞いたユウヒがスマルとサクを見つめる。
 スマルはゆっくりと頷き、サクもまた頷いて笑みを浮かべた。
 ユウヒはそんな二人を見て微笑むと、顔を上げ、そして静かに頷いた。
 それを見た5人が満足そうに顔を見合わせる。
 そしてそのまま右手を胸に当てると、その主に向かって深々と頭を下げた。

 皆の頬を撫で、髪を揺らして吹き抜けていった風が、クジャの大気にそのまま溶け込んで空へと消えていった。