王の器


「どうだ、サク」
「ショウエイ殿の言った通りに術は発動しました。おそろしく高度で難解なものでしたが……これで大丈夫なはずです」
「そうか。ではじきに兵士達も正気に戻るということだな」
「はい。あとはロダ殿なのですが……」

 そう話をしている間にも兵士達は次々に正気に戻り、剣を交えていた兵士達がホッとしたようにその剣を鞘に納めていく様子があちこちで見受けられた。
 肝心のロダはというと、何が起こっているのかと戸惑いながらも、何かまた次の手を考えているかのような難しい表情をしている。
 事の次第を明らかにしなくてはならない。
 その為にはロダに早まった真似をさせないように一刻も早く手を打たなくてはならない。
 シュウはすぐ側にいたサジにその場をまかせると、ショウエイの治療をシオに頼み、そのまま月華を手にして立ち上がった。

「将軍、大丈夫です。もう手は打ってありますから」

 サクが自ら出ようとするシュウを制する。
 疲れた様子で力なく笑うサクの後方から、見慣れぬ黒い小さな鳥が風を切って飛んでいく。
 何事かとそれを目で追うシュウの視線のその先で、その鳥達は姿を変え、ロダを一瞬で拘束した。

「何っ!?」

 サジが思わず声を漏らす。
 シュウも少し驚いた様子でサクの方を見た。

「あれは……お前か?」

 その言葉にサクは首を横に振った。

「いいえ。でも……心強い味方である事は間違いありませんから」
「……信用して大丈夫なのか?」
「えぇ。あの人がユウヒに何か危害を加えることを許すわけありませんからね」

 どこか含みのあるサクの言葉に、シュウはある人物の顔が脳裏をよぎったが、あえてその名を口にしようとは思わなかった。
 そのかわりに何かを思い出したような含み笑いを浮べた後、その場にいる部下達に向けて言った。

「ここは頼む。俺はユウヒのところへ行く」
「はい」
「サク、お前も来るか?」
「……はい」

 そう言ってふらつきながら歩き出したサクをシュウが支える。
 サジ、トウセイを始め、兵士達はその二人の背中を見つめていた。
 もう大丈夫だからと、シュウから離れたサクが心配そうにショウエイの方を振り返る。
 シュウはそのサクの表情に思わず声をかけた。

「何かあったのか?」
「えっ?」

 サクは驚いてシュウを見た。
 シュウはちらりとショウエイの方を一瞥して、それからサクを見て言った。

「いや、ちょっとそんな気がしただけだ」

 サクからの返事はなかった。
 シュウの姿を見つけた兵士達が、申し訳無さそうにシュウの許に集まっては頭を下げていく。
 その度にシュウは冗談交じりに声をかけたが、操られてしまった事を咎める言葉は一つも聞かれなかった。

 ユウヒとスマルのところまで行ったシュウはその肩に手をぽんと置いて声をかけ、労いの言葉と共に部下達の所業について上官として詫びを入れた。
 二人とも禁軍将軍に頭を下げられ恐縮した様子だったが、それでもシュウの視線がロダに向いていることに気付いて二人とも顔を見合わせて頷いた。
 ロダは何か黒い紐のようなもので拘束され、身動きがとれなくなっている。
 それに近付こうとしたシュウを制して、ユウヒがロダの方へと歩み寄った。

 そこにまた、この国を守護する者達が揃って姿を現した。
 それと同時にユウヒの髪の色が白銀から元の色にすぅっと戻り、その長い髪が風を孕んでゆらゆらと靡く。
 金色の髪をした男がゆっくりと前に出てロダに向かって言い放った。

「この国の民を、そしてこの国の抱える矛盾を全て引き受け、背負ってくれると言ってくれたこの方を、傷つける者は我々が許さない」

 日に透けて、風に靡く金色の髪がきらきらと輝いている。

「……ぅっ」

 ロダは声にならない呻き声をあげ、項垂れ、そしてその場に両膝をついた。
 ユウヒはロダを見下ろすようなかたちになってしまったが、あえてそのまま、ユウヒはロダに声をかけた。

「ロダ殿……」

 ロダは顔を上げた。
 その表情にはもう剥き出しの悪意も反感もなく、ただ落胆の色だけが浮かんでいる。
 そこにあったのは、全ての知力を使い果たし、己の道を見失ってしまった憐れな老人ロダの姿だった。