王の器


「じゃ……いきますよ、サク」
「はい」
「今言った以外にも、いくつかの要素を織り込んで全く新しい術として発動されているようです。どこまで追いきれるかわからないけれど……」
「わかりました」

 ショウエイはサクに指示を出しながら、シュウにはもっと体を起こしてくれるように言った。
 かなり苦しそうではあるが、それでも術に関してはかなりはっきりとした口調で、ショウエイはサクに淡々と指示を出し始めた。

 わからない者達には何が何だかわからないその言葉を、サクはきちんとそれとして聞き取り、時に古の言葉を吐き出しながら、続けざまに複雑な印を結んでショウエイの指示に応えていた。
 術の発動はおそらくサクによって行われているが、どうやらショウエイ自身も何らかの形で干渉はしているようで、指示が進むに連れてひどく消耗していく様子がはっきりと見て取れる。
 シュウはそんなショウエイの身体をしっかりと支えたまま、ユウヒ達の様子を見守っていた。

「すごい……」

 その傍らでそうつぶやいたのはトウセイだった。

「どうした?」

 シュウが先ほどとはまた違った意味で、見た事もない様子のトウセイに声をかける。
 トウセイは頬を紅潮させ、うっとりするような眼差しでショウエイとサクの二人に釘付けになったままだ。

「状況判断と解析もさることながら……ロダ殿の術の解析と相殺を同時に行っておられる。こんな高度な術を使える方がこんな近くにいらっしゃったなんて……」
「じゃ、全部終わったら弟子にでもしてもらうんだな」
「よろしいのですか!?」

 冗談のつもりで口にした言葉に、まるで大好きな玩具でも目の前に転がされた子どものように、がっちりと喰い付いてきたトウセイのらしからぬ言動に、シュウは思わず目が点になる。
 そのすぐ側では、何を勝手な事をと言わんばかりにシュウを睨みつけるショウエイの視線……だが、その口から発せられるサクへの指示は途切れることはなく、サクの印を結ぶ手も止まることはない。
 トウセイはふと我に返り、つい浮かれてしまった自分を恥じるかのように俯いた。
 シュウはそんな部下のいつもと違う様子に、つい笑みを浮かべていた。

「俺から頼んでやるよ。お前にももっと知識を深めて欲しいしな。借りの作りついでだ。この際もう一つ借りを増やして、しばらく春省の下働きでもやって過ごすとするさ」

 その言葉にトウセイは深々と頭を下げた。
 シュウはゆっくりと頷いて、視線の先、ユウヒの動きをじっと見つめた。

「ユウヒの動きがいつもと違うな。あいつのあんな動きは見たことがない」
「えぇ。まるで別人です」

 答えたトウセイも、それまではロダの観察に集中していたのでこうして今初めて見たも同然なのだが、それでもそれは明らかに二人が今まで見てきたユウヒとは違っていた。
 思い付きで動いているわけではないのは見ていてわかる。
 中庭で幾度となく目にした剣舞を思わせる動きと繋がるものがないわけではない。
 今のユウヒの動きは力強くとても直線的で、記憶を辿る限りではユウヒの剣舞ではなく、その相方を務めていたスマルの動きの方に近い。
 だがそれとも違う。
 舞というよりはもっと実戦的で、何よりも無駄がなかった。

「面白い動きだ」

 感心したようにシュウがそうつぶやいた時、ショウエイを支えていた腕にぐっと力がかかり、何事かと視線を戻したその視界の中で、ショウエイがぐったりとシュウの方に倒れこんできた。

「ショウエイ殿!」

 その肩をぐっと抱き起こしてシュウが声をかける。
 ショウエイはぐったりと身体を預けたまま、不本意そうに顔を歪めてうっすらと目を開いた。

「……こ、の貸しは……大きいですよ、将軍…………」
「大丈夫なのか?」
「は……い。あとは……あとはサクがやって……くれますから」

 そう言ったショウエイはもう身体を自力で支えることができないほどで、文官とはいえ大人の男一人分の重みがかかり、支えるシュウの腕にまた力が籠もる。

「そっちの心配はしていない。そうじゃなくてショウエイ殿の……」

 そう言いかけたシュウの手をショウエイの手がとんとんと小さく叩く。
 シュウはホッとしたように息を吐いて、ショウエイに礼を言った。
 気が付くと、見慣れない青年が一人、ぽつんとすぐ側に立っていた。
 特に刺客という風でもなく、敵意も感じさせないそのきれいな顔にシュウは見覚えがあった。

「お前、あの時の……」
「……シオと言います。私達の一族を代表してここに参りました」

 そう言ってシオはゆっくりと膝を折り、その場に平伏して言った。
「無礼はお許しください。率直に言います。私達にお手伝いをさせていただきたく……っ」
「それはあり難い。シオと言ったな。もういい、顔を上げろ」

 はじけるように頭をあげたシオの、その顔が緊張で強張っている。

「謝ることも何もない。あるとすればこっちの方だ。その節はすまなかった」
「いえ……」
「手を、貸してくれるのか?」
「はい。私達はイルですから。ただ、命を差し上げるわけには参りません。これは……ユウヒさんとの約束ですから。それ以外でしたら、出来得る限りの事をさせていただくつもりです」

 そう一気に言ったシオはじっとシュウを見つめた。
 シュウは困ったように顔を歪めると、抱きとめるように支えていたショウエイに視線を映した。

「それで充分だ。薬や何か、必要なものはあるか?」

 シュウの答えにシオは一瞬言葉が詰まったが、つんとする鼻の奥をごまかすかのように深々と礼をしてから膝をついたままシュウとショウエイに近付いてきた。

 その時、息までをも震わせながら、ゆらりとサクが動いた。
 シュウの、そしてその場の視線がサクへと注がれる。
 サクは額に汗を滲ませながら、全ての印を結び終えたところだった。
 それから少し遅れてずっと詠唱していた古の言葉も途切れ、サクは大きく深呼吸をしてロダの方をじっと見つめた。