「な、何か?」
戸惑ったように聞いたサクにサジが言った。
「後方支援ってやつだな。よくやった。うまくいったようだぞ、ユウヒから無駄な力が抜けた」
「そう、ですか……」
「見てわからないか?」
「……武人ではありませんから」
そうは言ったものの、サクにもそれはわかっていた。
なぜかユウヒの事に関しては、出会った時からその内に秘めている部分まで、サクは感じ取ることができていた。
「わからんか……だが、いい仕事をしたようだ。とは言っても、所詮手の内は全部知られている事には変わらん。負けはしなくてもあれでは勝てんぞ。あいつはどうする気だ」
サジの言葉も尤もだった。
あちこちから心配そうな視線がユウヒに向けられている。
だが不思議と楽観的に捉えている自分にも、サクは気が付いていた。
「大丈夫ですよ」
そんな言葉が、無意識にサクの口からこぼれた。
サジは驚いたようにすぐ横のサクを見たが、その確信に満ちた瞳を見るなり、大きな溜息と共にぼそりと吐き出した。
「あんたといい、うちの大将といい……何を根拠にそこまで信じ込めるんだかね。俺はもうさっきから気が気じゃないよ」
禁軍の副将軍がこっそりこぼした本音に、サクは思わず小さく笑った。
その視線の先、ユウヒがなぜか自分を時々見ている。
ユウヒがどうやらサクのやった何かに気付いたらしい。
――ありがとう、サクヤ。
声が聞こえたわけではない。
だが確かにユウヒの口はそう動いていた。
サクヤはそれに大きく頷いて応えた。
状況は若干ではあるが確実に好転はしていた。
全神経が聴覚に集中しているかのような錯覚……ユウヒは風を味方につけた。
風を切る短槍の音が、まるでユウヒにその動きを知らせるかのように聞こえてくる。
スマルの纏った空気を、まるで自分のもののように感じられるようになり、意識せずともその動きがわかる。
それまでとは比べものにならない程、ユウヒは動きやすくなった。
それはスマルも同じだった。
――でも……これじゃ終わりは来ない。どうする? どうすればいい?
ユウヒがそんな自問自答を繰り返しながら剣を振るっていると、腕の痣がまた熱を帯びてきたのを感じた。
「え……っ!?」
思わず声が漏れる。
自分の意志とはまた違うところで、何かの力が自分に働いているのを感じた。
――あれ、何っ!?
ユウヒの動きが突然変わった。
それまでは剣舞を思わせる円を描くような身のこなしであったところが、軽く踏み込んだ左の足に重心を乗せるような動きを見せた次の瞬間、重心は低く保ったまま、ユウヒは直線的に大きく踏み込み、その勢いを殺すことなく相手の懐へと飛び込んで行った。
「そういう……っ、ことねっ」
いきなり動きが変わったことで相手も動揺したのだろう。
最初の一人は腹を抑えて、小さな呻き声と共にそのままその場に膝から崩れた。
――やれるか、ユウヒ?
自分の内側から声が響いてくる。
白虎のものではないその声は、自分と共にずっと歩んできたもう一人の人物。
「いけるよ、ヒリュウ」
――そうこなくちゃな。ここから先は俺にまかせろ。
「大丈夫なの?」
――これでも元は禁軍の将軍だ。俺を信じろ。
ぶんという音を立てて足払いをかけるかのようなスマルの短槍を大きく跳躍してやり過ごす。
ユウヒの変化に気付いたスマルが短槍を構えたまま、ユウヒと背中を合わせて立った。
「どうした、ユウヒ」
「どうしたも何も……ヒリュウ参戦よ。わかるでしょ?」
既に土使いではなくなったとはいえ、未だ黄龍の器であり、今も黄龍の加護をその身に受けて戦うスマルには、確かに黄龍を通じてヒリュウの意志を感じ取ることができた。
「……なるほど。そりゃ心強いこったな」
「動きが変わるよ。スマル、わかる?」
「あぁ……わかるよ。あいつのおかげでな」
二人が思い浮かべるのはサクヤの顔だ。
「サクヤね。あとでお礼言わなくちゃ」
「だな。さて……もうちょい頑張りますかね。正気に戻れない連中も、まだまだいるみたいだし」
「キリがないけど、でも呪が解けないことには……どうしょうもないからね」
スマルの前にじりじりと間合いを詰めてくる兵士が二人。
ユウヒの方にも、様子を窺いながら隙を窺う者がいる。
「いくよ、スマル!」
「おう!!」
大きく息をして、二人はまたその手の得物を握り締めた。
その様子を気にしながら、トウセイはロダの術の解析に焦りを感じ始めていた。
やはり自分の持つ知識だけでは、どうにもならないという事だけがはっきりしている。
それならばとトウセイは、シュウに言われた通り、ロダから一瞬たりとも目を離さずにその動きを瞬きの一つにいたるまで、ひたすら観察し続けていた。
そこに全ての注意を集中し、手薄になったトウセイの周りを操られなかった兵士達が取り囲んでその身を守り続けている。
そんな中、その兵士の一人がトウセイに声をかけた。
「副将軍! 将軍がお戻りになられましたよ、今こちらに……」
「どなたかお連れになっているようです。見えますか?」
部下の言葉は聞こえていたものの、トウセイはロダから目を逸らすわけにはいかない。
額に汗を滲ませたまま、張り付いた髪を掃おうともせずにトウセイはロダを見続けていた。