王の器


「お前……どうしたんだ、それ」

 それは通常の物よりも随分と短い槍だった。

「短槍ですよ。ガジットの奥の方じゃ、けっこう普通に使われてるそうです」
「それは知っている。その短槍を……いや、今はいい。で? ユウヒを信じてやれって?」

 ユウヒの背と、その向こう側で対峙する自分の部下達を見つめたままでシュウが問いかける。
 スマルはその手の短槍で音を立てて空を切り、その柄の先で地面をどんと突いた。

「将軍が腹括ってくれた事、自分を支える人間達がいる事、それ全部があいつの力です。っつっても、実際何を根拠にそう言ってんだか俺にはわかりませんが……あの顔してる時のあいつは、大丈夫なんですよ」

 そう言って一歩踏み込み、腰を落としてスマルは短槍を構えた。

「クジャ刀をこれに持ち替えたのは、あいつのヒヅ刀と同じ理由です。だから将軍はちょっと引っ込んでてもらえますか?」

 その言葉にシュウは思わず噴出した。

「お前、この状況で俺にそれを言うか? 一応これでも禁軍の将軍だぞ」
「えぇ。でもあなたの剣では……あいつが誰の命も奪わないって決めたんなら、俺もそれを押し通したいですから」
「それはそうだが……できるのか? ユウヒを守りながらこの場を収める事が。今のお前に」

 そう言いながらもシュウは緊張を解き、構えていた月華をゆっくりと下ろした。
 スマルはその気配を感じて小さく笑って言った。

「生意気言ってすみません。でも俺の守りたいもんなんて、後にも先にも一つだけですから」
「……そうか」

 シュウはそう言って月華を鞘に納めると、スマルの肩をポンと叩いた。

「この国の未来を背負っている方だ。死ぬ気で守れよ」
「……言われなくても」
「ふんっ」

 シュウが楽しげに笑みをこぼす。

「まったく。そこまで惚れ込めるってのも、すげぇよ。お前」
「……ありがとうございます」

 冷やかしたつもりが礼を返されて、シュウは思わずスマルを見た。
 スマルは少し気まずそうにしてはいるが、それでも背後のユウヒを気にしつつもじりじりと間合いを詰めてくる兵士達を見据えている。
 シュウは諦めて小さく溜息を吐くと、顔を上げて辺りの状況を窺った。

 トウセイは操られた兵士達とロダを見つめて、術の正体を全力で解析している。
 サジはと言うと、操られずに済んだ禁軍、黒軍両軍の兵士達に大きな声で指示を出している。
 既に拘束された城の長老達の姿もある。
 シュウはもう一度スマルの方を見て言った。

「本当にまかせていいんだな?」

 それにはユウヒから返事があった。

「いいわよ、シュウ。それに……白虎!」

 ユウヒがその名を呼んだ途端、その場にいたはずの白い髪をした青年の姿が、すぅっと大気に溶け込むようにして消え、それと同時にユウヒの髪が白銀に輝いて風を孕み揺れた。

「これなら……少しは安心かしら?」
「その力は使わないんじゃなかったのか?」

 シュウが驚いたように言うと、ユウヒは小さく笑って言った。

「使い方は私が決める。守れるもんは守る、気持ちは変わってないわ。そのための力よ」
「あぁ、わかってるさ。ユウヒ、死ぬなよ?」
「もちろん」

 ユウヒの返事にもう一度溜息を吐いてから、シュウは仕方ないなと苦笑した。

「まったく……無茶をなさる」

 そう言ってユウヒの後ろ髪をすうっと梳いて、黒い髪の男、玄武もまた苦笑する。

「我々の加勢は必要ですか?」

 そう心配そうに見つめる赤い髪の女、朱雀に向かって、ユウヒはゆっくりと首を横に振った。

「白虎、蒼月を頼みますよ」

 青い髪の男、青龍が言うと、ユウヒの中で白虎の返事が脈打つようにこだました。

「無理をなさりませぬよう……」

 青龍がそう言うと、3人の姿はそのまま大気に溶け込むように消えて行った。
 その言葉を噛み締めるようにして背中合わせに立つスマルとユウヒの許に、金色の髪を靡かせて黄龍が近付いてきた。

「本当に……無茶ばかりするな、お前は」

 そうは言っても黄龍にはユウヒを止めようという気はないらしい。
 ただ静かに笑って、スマルの方を見た。

「お前も。こんなのにずっと付き合ってきたのか。全く……物好きな男だ」
「……なんとでも」

 そう答えたスマルは、ふと思いついたように真顔になって黄龍に言った。

「なぁ、黄龍」
「なんだ?」
「お前にどうしても頼みたいことがあるんだ。あとでいいから、聴いてくれるか?」

 黄龍はユウヒの方をちらりと見てから口を開いた。

「大方の見当はついてる。そうだな……聴いて欲しければ、この場をどうにか乗り切ることだな。この女を護って、お前も死なずにな」
「あぁ、もちろんだ」

 スマルがそう答えると、黄龍は満足そうに笑って消えていった。
 そうこうしている間にも、操られた兵士達は少しずつ、だが確実に間合いを詰めてきていた。
 そんな背後の様子を気にしながらも、シュウはトウセイの許へと向かった。