誓いの空


 そんな風に過ごしていたある日、妻が身ごもりました。
 数ヵ月後、彼女は無事に出産……待望の私達二人の子ども、男の子でした。

 その子が、そうですね、三歳を過ぎた頃だったか。
 家に帰った私を迎える妻の声が聞こえず、どうしたのかと家の奥までいくと……遊び疲れて眠ってしまった長男を見つめながら、その傍らで妻は静かに涙を流していたのです。
 彼に……彼の背に翼らしきものが出てきたと、妻はそう言って泣きながら謝るのです。

 軽い眩暈を覚えると同時に、思考が完全に止まりました。

 もちろん、妻の翼を切ったときの事を忘れたことはありませんし、傷痕を見るたびに溢れてくる様々な葛藤ともずっと戦い続ける覚悟でおりました。
 でもそれだけではなかったのです……いえ、そんなものは急場しのぎでしかないと、本当はずっとわかっていたのです。

 私は、ずっと自分に言い訳をしながら生きてまいりました。
 あの時の選択は間違いではなかったのだと、仕方がないことだったのだと。
 だが、あれをまた自分の息子にやるのかと……そう考えた時に、私は身動きが取れなくなってしまったのです。
 もしこの場をごまかせたとしても、息子が選んだ女性から生まれてくる子どもはどうか、そのまた子どもはどうなるのか?
 ずっと考えないように逃げ回っていた現実と、いやが上にも向き合わなくてはならなくなり、今まで自分に言い聞かせてきた数々の言葉が全て陳腐で、本当に情けなくて泣けてきました。

 そしてその時私は初めて、翼を奪った事を妻に詫びました。

 長男はもうずいぶん大きくなってきましたが、まだ背中に若干違和感がある程度の後姿で……翼であることはパッと見にはわかりません。
 妻の腹の中にいる子も、おそらく数年後にはその背に翼が生えてくるのでしょう。

 今ならばはっきりとわかる。
 私は護るべきものを見誤ってしまった。
 私達が背負うべきものは、もっと別のものだったんです。

 確かに生きづらい世の中ではあったけれど、何か他に道があったのではないか?
 その時になってやっと、そう素直に考えられるようになりました。
 そして子ども達にはありのままの姿でいて欲しいと、そう思ったのです。

 そんな矢先、私の所属する軍に入ってきた情報が……あなた達のことでした。

 それに便乗するかのように各地で起きる混乱を鎮圧せよという命に、私はまた自分に言い訳をし始めました。
 ですが家に帰り子どもと触れ合い、日に日に大きくなっていく妻の腹を見るたびに、心がいうことをきかなくなっていくのがわかるのです。
 その考え方が将軍としてどうとか、国に仕える武官としてどうとか、そういう一切の体裁を捨て去ってしまいたくなる衝動にかられていくのです。

 もう自分に嘘はつかないと、私は心に決めました。

 私は子ども達に、自由に羽ばたける大空を与えてやりたい。
 ただありのままの自分で、そこにある事が許される国であって欲しいと切に願わずにはいられない、私は……私はあの子達の父親なんですから。
 妻の背の翼はもう二度と生えてはこないけれど、彼女が大空に舞いあがる姿を見ることはできないけれど、もう二度と間違えたくはないのです。
 私は夫としてとんでもない間違った選択をしてしまったけれど、父として、今度は同じ間違いをしない自分でありたいのです。

 ユウヒさん。
 あなたが王として立つ国ならば、あの子達に居場所はありますか?
 人間と鳥人族をつなぐ架け橋となった事を、我が子たちが誇れる日が来ると思いたいのです。
 鳥人族に限らず、様々な種族がこの国には存在します。
 すぐにわかり合うことは難しくとも、私達夫婦がそうであったようにそれらが手を取り合い、共に生きていく未来もあるはずだと私は信じています。

 だから私はあなたの許に参りました。
 それで反逆者と言われるのならそれでもいい。
 私はもう自分に言い訳をしない生き方がしたいのです。
 国を変えるとか尤もらしい大義名分を並べても良いのですが、今の私はただ、父親として子ども達の未来を護るためだけにここにあります。

 ユウヒさん、何もかも捨ててきてしまった私ですが、あなたのお手伝いをさせて下さい。