誓いの空


 私には家族がおります。
 妻と長男、そして妻のお腹の中に……もう一人。

 私と妻は幼馴染みで、幼い頃よりいつも一緒におりました。
 いつも大勢の中間達と一緒に遊んでいたのですが、ある時からその仲間が一人、また一人と減っていきました。
 私は特に気に留めもせずにおりましたが、彼女は目に見えて元気がなくなっていきました。

 その仲間の一人と話す機会がありまして……。
 私はそいつに聞きました、なぜ遊びに来なくなったのか、と。
 理由は極々単純なものでした。

『親がもうあの子とは遊ぶなと言ったから』

 それまではずっと仲良く遊んでいたのです。
 それがいきなりどうして……そんな疑問から、私は自分の親に聞いてみました。
 私の親は遊ぶなという言葉こそ言いませんでしたが、私の問いには答えてくれませんでした。
 そしてとうとう私と妻の二人だけになってしまったある日、彼女が私に言ったのです。

『私と一緒にいるとあなたまで変に思われてしまう。明日からもう来なくてもいいから』

 突然の拒絶に私は戸惑いました。
 もちろん納得がいくはずもなく、私は彼女に問い質しました。
 彼女は当然のように、答えることを頑なに拒みました。
 それでも一緒にいる事をやめようとしない私を説得することにも疲れたのか、しばらくすると彼女はそういった類の事を口にしなくなりました。
 二人で過ごす時間が多くなるにつれ、自然、私は彼女を異性として意識するようになりました。

 そして同じ頃、私はある事が気になり始めたのです。
 幼い頃からそうでしたからあまり考えた事もなかったのですが、妻はいつもその背に何か荷物を入れているという大きな袋を背負っていたのです。
 年と共に大きくなっていくその荷袋が不思議で、私が十七か、それくらいになった頃だったか……その事について、彼女に訊く機会を得ました。
 最初は冗談などではぐらかされましたが、ある日彼女は悲しそうな顔をして『明日教える』と約束してくれました。
 その顔を見て、私は聞いてはいけない事を聞いてしまっているのだと気付きました。
 ですが、それでも……知りたいと思ったのです。

 私は彼女の家に連れて行かれました。
 家とは名ばかりの、小屋というのも憚られるような廃屋です。
 その一室で、彼女は意を決したように立ち上がり、背中の大きな荷袋を……いえ、それは着物の一部だったのですが、袋だと思っていたそれを身につけていた衣服ごとするりと脱いで見せたのです。

 本当に、驚きました……いや、その行為自体にではありません。
 そうではなく、彼女の背に大きな翼が生えていたからです。
 ずっと袋の中に閉じ込められていた翼は窮屈そうに折れ曲がり、湿気を帯びたまま乾くことのない羽はくしゃくしゃになっていました。

『気持ち……悪いでしょう?』

 震える声で、彼女は私にそう言ったのです。
 私はその声を聞いて我に返り、その時初めて、彼女を上半身裸のままにさせていることに気付いて慌てて脱ぎ落とした衣服を肩からかけてやりました。
 泣いているのかと思いましたが、そうではありませんでした。
 ただとても悲しそうな顔をして私にこう言いました。

『今まで騙しててごめんなさい。私は鳥人族……人間ではないの』

 私はそんな彼女にかける言葉が見つけられず……。
 情けないことにその日はそのまま家路につきました。

 私の親はおそらくその事を知っていたのでしょうが、それでも相談などできるはずもなく、その後一人でいろいろと考えたり悩んだりもしました。
 でも彼女を諦めるには、あまりに一緒に過ごした時間が長くて……。
 私は鳥人族である彼女を受け入れることにしたんです。

 ですが……私が武官となり軍に入ることが決まった頃、夫婦となりたいと結婚を申し込んだ私に彼女はある条件をつけたのです。

『背中の翼を切り落としてくれるならば、妻として生きていく』

 彼女は、そうはっきりと言いました。
 武官としてこれから先、鳥人族が妻である事で何か迷惑をかけてはいけないからと、真似事かもしれないが、翼がなければ人間に見えるからと……私は、彼女の条件を呑みました。
 私は彼女から翼を奪い、私達は夫婦となりました。
 背中には大きな傷跡が残りましたが、私を受け入れてくれた証のようで、当初はその傷痕すらも愛しく思いました。

 妻の背中を見るたびに、それまでの全てが蘇ります。
 その度に私は思っていたのです。

『この傷は私を受け入れてくれた証なのだから、私はそれを背負って生きていくのだ。今の世に人間以外の者達の居場所などないのだから、この方が彼女も生きやすいはずだ。もしもあのままにしていて、誰かに素性が漏れでもしたら妻はどうなる……――』

 仕方がなかったのだ。
 そうするより他なかったのだ。
 いつもそう自分に言い聞かせておりました。