誓いの空


 ごつごつとした岩肌がむき出しになった道は、両側に膝丈程度の石垣のようなものがある。
 何の役に立つのかと聞いたところ、ただこれだけの障害物だが馬鹿にできないのだと皆笑っていた。

 ガジットは長い間、この地で採れる鉱石や玉の採掘権を巡って各領地が争いを続けてきた。

 広大な国土を持つガジットだが、その9割以上が山岳地帯となっており人間の居住可能な土地は極限られた場所で、大きな町といったものは土地柄存在しない。
 少ない平地に、またある場所では斜面に張り付くように建てられた家屋がいくつか集まって集落を作り、それがそこかしこに点在している。

 ガジットは六つの地方に分かれており、それぞれの地方を人々は領地と呼んでいる。
 一つの領地内にいくつもの集落が点在し、その最も大きな集落にだいたいその土地の領主が住んでいた。

 領主の住む屋敷は集落の中でも一番大きく、家というよりも城といった様相で、その一番高い屋根には必ずその領地の領主旗が掲げられている。
 この国のどこにいても聞こえてくる風を孕んだ旗の音を耳にしながら見渡す景色は、灰色と若干の緑の草地ばかりだが、それでもその厳しい環境下で人々は知恵を出し合いながら暮らしているのだ。

 痩せた土地でもそこそこ収穫できる芋類を中心とした作物の畑が傾斜地を削って作った土地に階段のように連なっている。
 食料に関してはある程度領地間でも交換がなされて平等になっているのは、この痩せた土地で生きていく上で当然の選択肢だったのだろう。

 長い間続いていた利権争いも、ガジットの中でも一番南方、クジャとその国境線を隔てて隣り合った場所に位置するミラ地方の領主でマヤンの兄、モーリがその利権の全てを預かることで決着した。
 採掘において必要な経費等の負担と、発生するあらゆる利益とを、各領地の事情もふまえた上で等倍ではなく平等に配分する仕組みをモーリが提案し、それに他の領主達五人が賛同して協定に調印したのだ。

 これにより全六領主の中でミラ地方の領主であるモーリだけが頭一つ出たかたちとなった。
 それに異を唱えるものはおらず、ガジットは王国ではなかったが、対外的な利便性を考えてモーリが実質ガジットの王を名乗っている。

 ユウヒ達一行はモーリの、実際にはマヤンの手配してくれた住人のいなくなった民家に寝泊りしていた。

 遠くに見えるガリョウ関塞は、その様子を窺うには余りに遠かったが、帰国を前にしたユウヒ達の気を引き締めるには見えているということに意味があり、そういう意味では十分といえる距離だった。
 女であるユウヒを気遣うことなく、大股で足早に前を行くソウケンの背中を見つめながら、ユウヒはソウケンの言葉を思い返していた。

 初めてソウケンと会ったあの日――。

 将軍職を捨て、軍を抜け、家族をおいて国を飛び出してユウヒ達の許にやってきた。
 膝をつき、ユウヒの為に剣を振るうと言ったソウケンの双眸に迷いはなかった。
 それでも『なぜ?』と訊いたユウヒに対して、ソウケンは言った。

『全てをなげうってでも、どうしても護りたいものがある』

 その顔に浮かんだ表情を、ユウヒはよく知っていた。
 家族を護ると決めた父親の顔だ。

 ソウケンは淡々と話を続けた。

「私のこの話は、今も我が国のどこかに実際に起きていることだと思っておりますので、恥をさらすような内容ではあるのですが、ことの最初から全てをお話させていただきます」

 時折悔しそうに顔を歪め、時に我が子を想う優しい笑みを浮かべながら……――。