エステ 求人 看護師 転職 9.月の王

月の王


「サリヤ……さん?」
「いえ、大丈夫よ。気をつけてね、ユウヒ」
「え、えぇ……」

 何か違和感を覚えつつも、ユウヒとスマルは背後にサリヤを庇うようにして立った。
 ドタバタと梯子を上って顔を出したのは、やはり昼間の男達だった。
 上ってくるところを迎え撃とうと思ったが、いったい何が目的なのかわからないまま、むやみに争うのもまずいだろうと、とりあえず様子を伺うことにしたのだ。

 男は三人いた。
 ルゥーンの民族衣装の上に砂避けの布を纏っている。
 一般人を装っているが、身のこなしは明らかに武人のものだった。

「あんたら、何者だ?」

 スマルが声をかけると、男達はユウヒを見るなり言い放った。

「そこの女! お前はクジャで処刑を免れて追放になった罪人だという噂を耳に挟んだんだが……それは本当か? そのような者をこういった場所に出入りさせておくわけにはいかんのだよ。一緒に来てもらおうか」

 スマルが手を伸ばしてユウヒを制し、そのままスッとユウヒの前に出る。
 ユウヒはされるがままに後ろへ下がったが、黙っているわけにはいかなかった。

「用事があるのはサリヤさんじゃなくって、私なわけだ。なんかよくわかんないけど、確かに私は国を追放されてルゥーンに来た罪人だよ。星読みの塔に罪人置いとくのがまずいってんなら、いいよ、出てくから。たださ、こっちにもいろいろと都合があんのよね、あんた達と一緒に行くわけにはいかないな」

 スマルは内心盛大に溜息を吐きたくなったが、今は目の前にいる男達から目を離すわけにも、緊張を解くわけにもいかなかった。
 左手は背後の二人を庇うように広げ、右手は砂避け布の下で、剣の柄を握り締めていた。
 男達は事前にいろいろと段取りをしているらしく、ユウヒの言葉の後いくつか言葉を交わし、また向き直って口を開いた。

「こちらとしても手荒な真似はしたくない。おとなしく我々と一緒に来るんだ」

 どうやら詳細な理由などを言うつもりはないらしい。
 スマルはふと気付いたことがあり、それをそのまま男達に向かって言った。

「あんたら、何者なんだ? まったくルゥーン訛りのねぇ、ずいぶんと流暢なクジャ言葉を話すじゃねぇの。見たところどうやら武官みてぇだけど、それなりの地位にあるんじゃねぇの? あんたらここに差し向けたのは誰だ!?」

 スマルの言葉通り、男達は完璧なクジャ言葉を話している。
 ユウヒも確かにそれは気になっていた。
 相手の返事を待ったが、さすがに少し驚いているようで、返答に少し時間があった。

「なるほど。そこに気付きますか……少しあなた方を見くびっていたようだ。そういうことならこちらも言い方を変えよう。女、いや、クジャの月の王、我々の王がお待ちかねだ。我々と一緒に来てもらおう」
「何っ!?」
「王だって!?」

 スマルとユウヒが顔を見合わせる。
 背後のサリヤは黙ったままだ。
 ユウヒは一つ溜息を吐いた後、スマルの肩をぽんと叩いた。

「ユウヒ、お前……」
「うん。なんかわかんないけど……ちょっと、行ってくる」
「馬鹿か? お前だって……」
「いや、大丈夫だから」

 ユウヒはそう言ってスマルの背後から歩み出た。

「私が何者かを知ってんのね。王様が待ってるなんて言ってるけど、それってご招待ってわけじゃなさそうよね……でも、いいよ。一緒に行く」

 スマルは言葉を失ったが、無意識に掴んでいたユウヒの腕からなぜか手を離していた。

「ごめん、スマル」

 ユウヒが素直に言葉に従うと、男達は最初に言った通りに手荒な真似は一切しなかった。
 男達と一緒に、ユウヒが先に櫓の梯子を下りていく。
 どうすることもできずに呆然と立ち尽くしていると、下の方から馬の嘶きが聞こえてきた。

「あいつら、馬で来てたんか……全然気付かなかったな」

 スマルが悔しそうに顔を歪めると、サリヤがゆっくりとスマルに近付いてきた。
 スマルは馬で駆け出した男達とユウヒを目で追い、それが見えなくなるとその視線をサリヤに移した。

「サリヤさん。あんた知ってたんじゃないですか?」

 サリヤを見つめるスマルの目は冷たくて刺すように鋭い。
 小さく息を吐いたサリヤは、静かにこくりと頷いた。
 ふっと湧き上がる怒りを握り締めた拳に秘め、スマルはサリヤに言った。

「あんた、ジンさんの羽根ッスよね? ジンさんに連絡を取って下さい。それくらいはしてくれんでしょ?」
「えぇ。で、何と伝えればいいのかしら?」

 まるで試されているかのようなサリヤの挑戦的な視線をスマルは真っ向から見つめ、そして言った。

「サクヤを大至急こちらによこせと、そう伝えて下さい」
「……わかりました」
「ちゃんと連絡取ってくれんだよなぁ?」
「えぇ。もちろんです」
「……じゃ、頼むわ」
「信用して下さるのですか、スマル」
「どうだかな。ただ、あんたに頼むより他にねぇし……」

 スマルはそう言って、室内に下りるために櫓の方へと向かった。

「スマル!」
「あ?」

 梯子に足をかけたところでサリヤに呼び止められて動きを止める。
 サリヤはそのまま続けて言った。

「王陛下にユウヒの解放を頼むつもり? 無理よ。陛下はユウヒを交渉の材料か何かにするおつもりよ」
「へぇ〜。そこまで知ってんだ。でもあんた、ジンさんの羽根だよな。あの人が出し抜かれるとは思えねぇし、そのせいかな。まだどっか信じてるんだよね、俺」
「……ユウヒさんの解放を頼むのであれば、それ相応の交換条件が必要になりますよ?」

 サリヤが言うと、スマルは顔を歪めてそれに答えた。

「あるさ、とっておきのやつが。サクヤが来たら俺は交渉にいくつもりだよ。そん時はあんたに案内頼むことになるから」
「……わかったわ」

 サリヤが俯いてそう答えると、スマルは黙って梯子をゆっくりと下りて行った。

 夜のうちにサリヤはどうにかしてジンに連絡をしたのだろう。
 次の日の昼頃、ジンからの手紙をスマルはサリヤから手渡された。
 大急ぎで印をきって封印を解いたスマルは、浮き上がってきた文字に思わず絶句した。

『新王即位。 サクはこちらが落ち着き次第そちらに向かう』