その日、王の崩御の時以来の早馬が郷に駆け込んできた。
長老を始め、出迎えた年寄り衆の顔色が変わる。
それは、新王の即位式の日を伝える早馬だった。
「長老様、これはいったい……」
新王として即位するのは、このホムラ郷の青年、シムザだという。
早馬が来たとの知らせに年寄り衆と共に招集を受けたキトは、長老の口から出た言葉にそう言ったきり絶句した。
キトは城に残ったスマルに替わり、ホムラ様となったリンの護衛の筆頭を務めている。
とはいえ、リンが里帰りして城から数人の武官が郷に滞在している今、その指揮はそちら側があるのでキトは郷と城側の武官とのつなぎとしての役割の方が大きい。
彼はカンタ・クジャの居酒屋でスマルと共にユウヒから真実を聞いた。
本来、このクジャ王国の新しい王として即位するべき人間が誰なのか、それを知る数少ない人間のうちの一人である。
そして年寄り衆の中でも全てを知るのは長老のユンと、ユウヒの祖母であるチコだけなのだ。
険しい顔をする長老とは対照的に、チコは涼しい顔で言ってのけた。
「即位式を執り行うため、ホムラ様に早急に城へ戻るように伝えよ、との話だったかな、ユン」
年寄り衆の視線が長老に集まる。
長老は目を瞑ってゆっくりと頷いた。
「あぁ、そうじゃ」
キトは内心穏やかでなかった。
ただそれを口に出すわけにはいかない。
胡坐をかき、足に添えた両手に知らず力が籠もった。
――なんでだ。シムザがって……なんでこんな事になってんだ!?
チコの視線が一瞬キトの方に動き、また何事もなかったように正面を向く。
居並ぶ面々は、皆一様に一瞬の長老の動揺の正体が気になってはいたが、一人もそれを口にする事はなかった。
「さて……」
場が落ち着いたのを見計らって長老が口を開く。
「ホムラ様には早速この事をお伝えせねば、準備もあるじゃろうしな。キト、頼めるかな?」
「はい、承知致しました」
「任せたぞ。新王となるのはシムザだということだが、こちらから誰か即位式に招待されるということはなさそうじゃ。なれば我々には、ホムラ様であるリンをつつがなく送り出してやるくらいしか、できる事はあるまいな」
その言葉を確認するかのように、長老の視線がぐるりと巡る。
年寄り衆は皆黙って頷き、チコ婆も長老の方を見てゆっくりと頷いた。
「さて、それではもうここで集まっていても仕方がない。わざわざ集まってもらったが、これでお開きとしますかな」
長老がそう言うと、のっそりと立ち上がった年寄り衆達は早々に部屋を出て行ってしまった。
後に残されたキトが、長老と、そしてその場に残ったチコに退出の挨拶をして立ち上がろうとすると、それをチコが鋭い声で制した。
「待て、キト」
びくりと体を強張らせて、キトの動きが止まる。
「座りなさい」
引き攣った顔でキトが座り直し、その一部始終を見定めるかのようなチコの視線が追う。
その齢とは思えない機敏さでチコはスッと立ち上がると、部屋の外を確認した後引き戸をぴしゃりと閉めた。