「あれ?」
ユウヒは不審に思って、その扉を音がたたないようにゆっくりと開けた。
今朝はなかった荷物が雑然と置かれ、脱ぎっぱなしの上着が散乱している。
「あいつ……帰ってきてるのか?」
ユウヒは扉を閉め、自分の寝室から居間に出た。
急いで盆を手に取って部屋を出る。
サリヤのところに向かったユウヒは、厨房に入るなり声をかけた。
「サリヤさん! スマルが帰ってきてるの!?」
その弾んだ口調に、サリヤも思わず声が高くなる。
「えぇ。今は湯浴みをしているわ。そろそろ戻ってくるだろうから急いでこれ、運んでもらえる?」
「わかりました。なんだ、だからこんなに料理が……そういう事だったんですね」
納得した様子のユウヒに、サリヤは黙って頷いた。
そして料理を作り終えたサリヤと共に全ての品を部屋に運んだユウヒは、サリヤが淹れたお茶を楽しみながらスマルが戻ってくるのを待った。
程なくして居間の入り口の扉が開き、顔を出したスマルが驚いたようにその足を止めた。
「さっぱりしたわね、スマル。じゃ、私はお昼頃にまた来るから」
そう言ってサリヤは立ち上がると、呆然と立ち竦んでいるスマルの肩をぽんと叩き、その横をすり抜けて部屋を出て行った。
濡れた髪にいつものように手ぬぐいの布を引っ掛けて、スマルはそこに立っていた。
「どした? 早くこっちにきなよ、スマル」
「あ、あぁ……」
スマルは一度寝室に入り、持っていた着替えなどを置いて再び居間に戻ってきた。
「おかえり、スマル。日に焼けたね」
「あ? まぁ、そうだな。ずっと砂漠をうろついてたから」
「ふぅ〜ん……」
スマルの前にある杯に水を注ぐと、ユウヒは思いついたように言葉を継いだ。
「黄龍の神殿だっけ? あれ、探してたとか?」
その水を飲もうと杯を口に運ぶスマルの手がぴくりと反応した。
そしてそれを一気に飲み干すと、手の甲で口を拭ってスマルは言った。
「いや、違う。そいつは探さなくても俺にはわかる」
「へぇ〜、わかるんだ」
「あぁ」
深刻そうな声で話しながらも視線が料理に釘付けのスマルに、ユウヒはどんどん食べるようにと笑いながら促した。
ユウヒ自身も、焼き菓子のようなものをいくつか皿に取って食べ始めると、今度はスマルが口を開いた。
「この砂漠の気候、特殊だろ? まぁ俺が他の砂漠を知ってるわけじゃねぇけど、でも何か違うっていうのはわかる。乾燥しているってほど乾燥してるわけじゃなし、雨が降らないわけでもなし。それがちょっとその、気になってさ」
「気になったって……どんな風に?」
ユウヒがスマルの杯にまた水を注ぎ、ユウヒはスマルに話の先を催促する。
スマルは促されるままに口を開いた。
「いや、別にはっきりとした何かがあったわけじゃねぇよ。ただ、ちょっと何か引っかかってさ」
「ふぅ〜ん、何か私にはよくわかんないけど……で、何かわかったの?」
口に運んだ肉料理を噛み締めながら、スマルは少し考え込むような素振りを見せた。
そしてごくりとそれを飲み込むと、またスマルは話を続けた。
「わかったんだかどうだか……でも、たぶん俺は、あんまりここに長居はしない方がいいんじゃないかってそう思ったよ」
「何それ。どういう事?」
「うん。黄龍にも聞いてみたんだけど、おそらくこの国の砂漠化は黄龍がここに封印された事に大きく関わってるんだと思う」
「え? それって、どういう……」
戸惑ったように問い返すユウヒに、スマルは躊躇しつつも話し続けた。
「つまり、だ。ここいら一帯も昔は豊かな土地だったんだよ。実はこのあたりは昔はまだクジャ領だったらしいんだよな。それが黄龍が封印され、しかもクジャからも引き剥がされてルゥーン領となった。ルゥーンになることで、五行の土のみがこっちに切り離されちまった形になったわけだ」
「あ、なるほど。え? クジャだったの、この辺って」
意外そうにユウヒが問い返す。
スマルはゆっくりと頷き、また口を開いた。
「あぁ、そうだ。黄龍が封印された神殿を中心として、ルゥーン領となった土地から砂漠化が進んだんだと思う。なんて言うか……強すぎるんだよ、大地の力が。黄龍だけでもそうなのに、俺まで来ちまったからな。どれくらいルゥーンにいるつもりかは知らんが、あまり長いようなら俺は別行動を取らないとまずいかもしんねぇな」
ユウヒは、口に運んだ焼き菓子を噛むことすら忘れて、しばらく何かを考えていた。
話すだけ話し、食事に異様なほど集中していたスマルは思わずユウヒの顔を見て噴出した。