「あら……スマルが帰ってきたのかしら? ちょっと、見てくるわね」
サリヤはそう言って部屋を出て行った。
一人残されたユウヒは寝室に戻ると、前日、スマルから渡された革帯を腰に巻き帯剣した。
以前、クジャ刀を腰布で固定していた時とは違い、今回はしっかりと固定されている分、随分と扱いやすく抜刀も容易だった。
だが、ユウヒは両方の剣を同時に抜こうとしたその時、それが非常にやりづらい事に気付いた。
「ありゃ?」
柄に手をかけたまま、しばし動きが止まる。
一瞬の思案の後、尻の上あたりに固定されている剣を右手で抜いて左手に持ち替え、空いた右手で左の腰骨のあたりに飛び出ているもう一本の剣の柄をつかんで一気に抜いた。
「ん〜、これが一番速い、かなぁ?」
あまりの勝手の違いに少々と方に暮れる。
手にした二本の剣をまじまじと見つめたユウヒは、力なく溜息を吐いた。
「こりゃ、思った以上に勝手が違うかも。まいったな……これじゃまずいや。練習練習……剣舞も、もうずいぶんやってないもんなぁ」
剣をまた鞘に戻しユウヒが寝室を出ると、サリヤはまだ戻ってきていなかった。
その代わり、扉の向こうから誰かと話をしているような気配がする。
どうやらスマルが戻ってきたわけではないらしい。
ユウヒは迷ったが、そのまま部屋を出て屋上に出られる櫓の方へと向かった。
その気配に気付いたサリヤと、訪問客らしい二人連れの男と目が合った。
何となくその視線に応えて会釈をしたユウヒは、サリヤ達に声をかけることなく、そのまま櫓にかけられた梯子を上って屋根の上に出た。
だが星読みの塔というらしいその場所は、昼間はもろに太陽の日差しを受ける。
風はそうでもなかったから砂の方は大丈夫だったが、あまりに強い日差しにユウヒは剣舞を諦め、梯子を下りて室内に戻った。
「はぁ……だめだ、こりゃ」
がっくりと肩を落として小さくつぶやくと、先ほどの訪問客だろうか、怒気を含んだ荒げた声が入り口の方から漏れてきた。
――え? 何?
思わずその声の方を見ると、ばつが悪そうに口を噤んだ男と再び目が合ったような気がした。
先ほどとは違い、目が合うなり相手の男は目をサッと逸らした。
何かもめているのだろうかとサリヤのことが気にはなったが、ここで部外者のユウヒが口を挿んだところで何か解決になるとは思えない。
心配そうに見つめるユウヒに気付いたのか、サリヤが振り返り、ゆっくりと首を振った。
――大丈夫、なのかな?
ユウヒはサリヤの視線に応えるように頷くと、そそくさと自分の部屋へと急いだ。
扉を後ろ手に閉め、誰もいない部屋を見渡すと、思わず溜息が漏れた。
スマルが動き始めたことで、久しぶりに守護の森に入った時と同じ、自分ではどうする事もできない大きな流れのようなものをユウヒは感じていた。
自分で選び取ってここまで来たとはいえ、ふと気を抜いた隙に足元がぐらつくような、どうしようもない不安と焦燥に駆られる。
ユウヒは部屋の中ほどまで進むと、左腰にある剣を勢いよく抜いた。
まっすぐに伸びた細い刀身が、鋭利な銀色をその身に纏っている。
冷たいその輝きに、全身がぞくりと総毛立つ。
舞うためではなく闘うために鍛えられたその剣に、ユウヒは寒気を覚えた。
「やっぱり軽いな」
手を返し振り下ろすと、宙を切る音も今までとは違っていた。
だがそれでも手にしっくりと馴染むのは、ずっと自分のために剣を作り続けているトーマ達の腕のおかげだろう。
勝手が違うが少しだけ剣舞の動きをなぞってみると、その軽さのせいなのか、いつもよりも速く、キレのある動きにユウヒ自身が驚いた。
それでも剣を持ち替えた時に刃の向きを気にしなくてはならないのは、今までにない動きだけにやはりとても難しく、しばらくいくつかの剣舞の型や動きを繰り返したが、すぐに慣れられるものではなさそうだった。
「はぁ……体が覚えてる動きってのは、修正すんのも一苦労だわ」
剣を鞘に納め、部屋の中のどこにも傷を付けていない事を確認すると、ユウヒは革帯ごと剣を卓子の上に置き、自分は長椅子に寝転がった。
「相手がいない稽古には、やっぱり限界があるか……でもまぁ、片刃に慣れるくらいは、やっぱりしておかないと」
そうつぶやいて、ユウヒはゆっくりと目を閉じた。
結局その日、スマルは戻って来なかった。
サリヤもスマルの分の食事は戻ってきてから準備するからと、ユウヒと二人分の食事を用意することにしたようだ。
食事の後は二人で片付けをして、夜はまた星読みの塔に上った。
星読みをしているというサリヤの話は、その豊富な知識と視野の広さ、考え方の柔軟さが相まってとても興味深いものばかりだった。
ユウヒは砂避けの布に包まって膝を抱えて座り、前夜と同じ満点の星空を見上げて、サリヤの話に耳を傾けていた。
クジャにいる時とは違い、ルゥーンの夜空は自分の小ささをユウヒに思い知らせてくれる。
ふと、いつもは胸の奥に押し込めて、ひた隠しに隠している気持ちを、ユウヒはサリヤに聞いて欲しくなった。