印刷 チラシデザイン 8.星読み

星読み


「どうって……言葉なんて見つからないですよ」

 サリヤが差し出した夕食の包みを二つ受け取り、興奮を抑え込んだユウヒが包みの一つをスマルに渡す。
 二人はサリヤたちと同じように砂避け布に包まって腰を下ろした。

「星読みって、本当にその……星を?」

 戸惑ったようにスマルが言うと、足りない言葉を補うようにカロンが横から口をはさんだ。

「クジャにはそういった職業はないんです」

 サリヤは納得が言ったようで、深く頷いて言った。

「クジャのような豊かな国には、必要のない仕事かもしれないわね。星読みなんて」

 そう言ってサリヤが見上げた空を、ユウヒも思わず一緒に見上げた。
 そこには今にも降ってきそうなほどの無数の星が、暗い夜空一面に貼り付いている。
 思わず溜息を零したユウヒの耳に、サリヤの声が静かに聞こえてきた。

「つまらない話だから、食べながら聞いてね」

 続いてがさごそと包みを開ける音が聞こえてくる。
 サリヤはそのまま話を始めた。

「ここ、ルゥーンは見ての通り、荒れ果てた砂漠の国よ。文献では、大昔はとても豊かな土地だったとされているけれど、国中のどこを見てもそんな事信じられないわ。砂と岩の荒涼とした大地が、私達の国なの」

 サリヤの声は優しく響き、夜空に吸い込まれるようにして消えていく。
 ユウヒ、スマル、そしてカロンは、それぞれに食事を取りながらサリヤの声に耳を傾けていた。

「こんな場所だけれど見捨てて出て行く事は出来なかったのね。私達の先祖は、故郷のこの土地で生きていく道を選択したの。そのためにはまず食料をどうにかしなくてはいけなかった。食料の不足はそのまま命を脅かす、争いの火種にもなる。だから確実に食料を確保するため、先人達は知恵を出し合った。あらゆる方法でこの国を調べたの。いつ種を蒔けばいいのか、砂嵐はいつ起きるのか、収穫はいつ頃か、そういう暦を作る必要が出てきたのね」

 聞き入ってしまっていたユウヒの食事の手が止まっている。
 サリヤに指摘されて、ユウヒは照れくさそうにまた食べ始め、サリヤもまた少しだけ口に運び、お茶で喉を潤すとまた話し始めた。

「星の動きを観察するようになったのも、そう言った流れの一貫だったようよ。どの星がどの場所に出るようになったら種を蒔く、どの星が輝くようになったら乾季が訪れる。星の動きはとても規則正しいのよ。だから天を見上げることで私達は様々な事を知り、その中でどう生きていくかを考えるようになっていったのね。昔は予言なんかも星読みの仕事だったようだけれど……星が一つや二つ流れたところで、この地上には何も起こりはしないわ。むしろそういった部分は、政治に大きく利用されたりしたんでしょうね」
「占いとか、そういう類のものは? 以前、風の民としてルゥーンに滞在していた時に、友人が夢中になっていました。生まれた時の星回りで何とかって言っていたような……」

 ユウヒがふいに口を挟んだ。
 サリヤは一瞬だけ驚いたような風であったが、すぐにまた穏やかな笑みを浮かべると静かに話し始めた。

「占星術ね。それも暦を作るところから転じて生まれた学問のようなものよ。確かに若い頃には夢中になったりもしたけれど、今ではまったくの専門外ね。確かに星回りでいろいろと占うことはできると思うのだけれど、この年になって思うの。どんな宿命の下に生まれても、どんな運命を背負うことになったとしても、結局はその人自身の選択。どうあるかではなくどうありたいと思うか、そうでしょう? 自分で選び取って踏み出した一歩は、運命ではなく自分の生き方で、人生そのものだわ」
「どうあるかではなくどうありたいと思うか、か……」

 ユウヒが無意識に口を吐いて出た言葉が、小さく辺りに響いた。
 カロンは静かに笑みを浮かべ、スマルはもう一度空を見上げた。

「星読みの言葉は人を導きも惑わせもする。占星術はその際たるものね。今は占いの言葉に頼って星を見上げるよりも、私はしっかりと自分の足元を見つめるようにしているわ。なんて、星読みの私がこんな事を言ってはいけないのかもしれないけれど……」

 サリヤはそう言ってクスクスと笑うと、まだ随分残っている食事を黙々ととり始めた。
 途端に沈黙と共に静寂が降りてくる。
 暗闇にも随分と目が慣れて、見渡す限りの砂の大地が褐色の海のように思えた。
 いつの間にか、星の数もおそろしく増え、手を伸ばせば届きそうなほどに、頭上で色とりどりの光を瞬かせている。

 ユウヒは思わず手を伸ばし、天を仰いだ。
 当然届くはずもなく、掴みきれない天も地も、ただそこにあるだけだった。

「小さいなぁ……私は。小さくて、無力だ……」

 隣にいるスマルにさえ聞こえなかったその弱く小さなつぶやきは、冷たい夜の風にかき消され、満点の星空に吸い込まれていった。