「準備はお済みですか、お二人とも」
「はい」
「大丈夫です」
二人が返事をするとカロンはにっこりといつもの笑顔を見せて言った。
「では、行きましょうか。あれ? ユウヒさん、それ、どうしたんです?」
早速ユウヒの革帯に気付いたカロンが話を振ってきた。
「スマルがくれたの。いいでしょ?」
ユウヒがそう言うと、カロンはさらに笑みを浮かべてそれに答えた。
「えぇ。お似合いですよ。それにとても洒落ている上に機能的だ。申し分ないですね」
「ありがとう!」
カロン、ユウヒ、スマルの順に部屋を出て、廊下を抜ける。
薄暗い室内から外へ出ると、まぶしい日差しに目が眩んだ。
すぅっと目の前に景色が戻ってくると、ルゥーンの民族衣装の上に砂避けの布を巻いたサリヤがゆっくりと近付いてきた。
「はい、これ。あなた達の……ごめんなさいね。勝手に荷物の中から取らせてもらったわ」
そう言ってサリヤがよこしたのは、スマルとユウヒの砂避け布だった。
カロンとサリヤに手伝ってもらって、同じように布を纏った二人は、顔を見合わせて頷くとサリヤに向かって声をかけた。
「サリヤさん。私達も準備できました。いつでも出発して下さってけっこうです」
「そう? じゃ早速だけど、出発するわね」
「はい……って、あの、歩きなんですか?」
戸惑ったようにユウヒが言うと、カロンが振り返ってにこりと笑った。
「そうですよ。ルゥーンの砂漠はよくある砂漠とはちょっと違うんです。それはたぶん、自分の足で歩いてみるのが一番わかりやすいですからね」
「はぁ。わかりました」
スマルとユウヒが戸惑ったようにお互いの顔を見る。
サリヤは意味もなく人を試すような真似をする人にも思えない。
二人とも、ここは言われた通りにとりあえず歩くことにした。
そして歩き始めてから半刻ほど経った頃、ようやくユウヒ達もその言葉の意味がわかってきた。
クジャに比べると確かにかなり乾燥はしていたが、いわゆる砂漠の気候のそれに比べると明らかにルゥーンの空気は潤っていた。
思っていたほど喉も渇かず、心配していた水分の補給もさほど神経質にその量を調節する必要もなさそうに思えた。
砂からの照り返しで暑さは相当なものだったが、それでも我慢ならないほどのものでもない。
不思議に思ったユウヒがスマルを見ると、どうやらスマルも同じように思っていたらしい。
ユウヒの視線に気付くと、それに応えるようにゆっくりと頷いた。
この調子ならば休憩もそうはとらないであろうというユウヒの予想の通り、一行は体力の許す限りひたすら歩き続けた。
シュウが買い取ってくれた騎獣は砂漠まで連れて来るわけにも行かず、昨日泊まった場所の近くに繋いで置いてきた。
カロンに頼んでジンの店に連れて行ってもらうことになっている。
変わりにユウヒ達の荷物を背負っているのは、ルゥーンに多く生息する獣、タルーナだった。
このタルーナは、おそらくカロンが手配したものだろう。
馬と鹿の間のような体格をしていて、すっきりというよりは脂肪がたっぷりと付いていて、見た目に何とも愛嬌がある。
赤ん坊の泣き声のような声で鳴くので一瞬ドキッとするのが難点だが、荒れた土地でもその体力は衰えるということを知らず、馬よりも力が強い。
お尻を振っているように見えるその歩く姿は、ずっと見ていても飽きなかった。
結局半日以上歩き続け、目的の場所に着いた時にはもうすっかり日が暮れてしまっていた。
その間5回ほど休憩を取ったが、体力は思ったよりも消耗しておらず、用意してきた水もまだ残っているほどだった。
サリヤが出発前に言っていたのはこういうことかと納得する。
ルゥーンへ来るのは初めてではないユウヒも、この特殊な気候には今まで気付かなかった。