ユウヒはスマルをそのままに、サリヤと二人で夕食をとった。
そして夜食用にとサリヤが調理しなおしてくれたものをいくつかの容器に分けて盛り付け、それを盆に載せてユウヒが部屋に戻った時、その物音でスマルはやっと目を覚ました。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
ユウヒがそう声をかけると、スマルは首の後ろに手をやって苦しそうに呻いた。
「首痛ぇ……」
ずっと項垂れた同じ体勢で寝ていたせいで、首の後ろ側の筋が痛くなったらしい。
ユウヒはサリヤが用意してくれた料理をスマルの前に置いて、渡されたルゥーンで醸造されているという果実酒を杯に注いだ。
まだ寝たりない様子のスマルに杯を手渡すと、自分はスマルの背後に回る。
「え、何?」
何かいたずらをされるに違いないと疑ったスマルが訝しげな顔をして言うと、ユウヒはくすくすと笑いながら首を揉み始めた。
「変な体勢で寝てたからねぇ。でも、あんまり寝てないの、私の剣のせい……なんだよね? ごめんね。でもホント、ありがとね、スマル」
ずいぶん意識がはっきりしてきたスマルが、肩に置かれたユウヒの手をぽんぽんと叩いて返事をする。
ユウヒはスマルに食事を取るようにと声かけ、スマルは杯の酒を喉を鳴らして飲むと、サリヤの作った料理を口に運び始めた。
クジャの料理とは少し違ったルゥーンの郷土料理らしいそれは、スマルが初めて口にするものばかりだった。
使用している油か何かの香りが、どの料理からも微かに香ってくる。
見た目も香りも、そして味も、すべてがクジャとは違っていた。
スマルは時折酒を口にしながら、とても美味そうに夕食を食べていた。
その後、ユウヒはスマルの向かい側に腰を下ろしてしばらく食事に付き合っていたが、どうしようもなく眠たくなりスマルに言って先に寝ることにした。
二人ともどうやら思っていた以上に疲れていたらしく、次に顔を合わせたのは翌日の昼過ぎ、カロンが迎えに来たことを知らせるため、サリヤが二人を起こしに来た時だった。
「よほど疲れていたのね。でも、ぐっすり眠れたようで良かったわ」
「何か腹に入れておいて下さいよ。もう少しだけ日が傾いたら、出発しますからね」
身支度は整えたもののまだ寝ぼけ半分のユウヒとスマルに、カロンが荷物を運びながら爽やかに声をかける。
慌しい中、サリヤが用意しておいてくれた遅すぎる朝食を二人は黙々と口に運んだ。
昨日運び入れたばかりの荷物は、必要最低限の物を出しただけだったために荷造りというほどの作業はなく、あっという間に全ての荷物が運び出された。
その頃にはユウヒ達もすっきりと目が覚めて、何もせずに眠りこけていた事をカロンやサリヤにひたすら謝り続けた。
「いいのよ。それだけずっと気が張っていたという事でしょう?」
そう言って微笑むサリヤに返す言葉もなく、完全に出遅れたスマルとユウヒは、前日、ここへ到着した時、一番最初に通された部屋にぽつんと二人並んで腰を下ろしていた。
「ねぇ、スマル。昨日も思ったんだけど…その荷物の中、何が入っているの?」
卓子の上に置かれた袋をユウヒが指差すと、スマルは思い出したようにその袋の中から皮製の帯のような物を取り出した。
「何?」
ユウヒが興味津々でのぞき込むと、スマルが意味ありげに視線を投げてきた。
「ほれ。立ってみ」
スマルに言われてユウヒが立ち上がると、スマルはその皮製の帯をユウヒの腰に巻いて装着し始めた。
「えぇっ! ちょっと、何よ!?」
「いいからいいから」
少し楽しげにも見えるスマルは、次にユウヒの剣を帯の細工に固定した。
どうやらユウヒの剣に合わせて作られたもののようだった。
軍の兵士達の装備よりは装飾性に富んでいて、剣を装備していない時でもガジットあたりの高原の民が着用している皮製の帯のようで洒落ている。
「ヒヅ刀ってクジャ刀よりか細いだろ? 腰布に固定するだけじゃすっぽ抜けそうだって言ってたらトーマさんが革細工屋の親父といつの間にか話をつけてくれたみたいでさ」
「へぇぇぇぇ、なんだかかっこいいね。使い勝手も良さそう」
「あぁ。少し短い方の剣が後ろに固定してある。でもって長い方は左側の腰。今までとは違って用途は完全に戦闘用だからな。これでいいと思う。悪いけど固定する位置は剣舞の動きとかを参考にして勝手に決めさせてもらった」
スマルの言うとおりだった。
後ろで交差する今までの帯剣の仕方は剣舞という目的があったからで、闘っていたのは必要に駆られて仕方なくそうなっていたに過ぎない。
だがこれからは違う。
剣を抜く時は対峙する相手がいる、闘うという目的での帯剣なのだ。
ユウヒはあらためて気を引き締めた。
「もしも扱いにくかったらいってくれ。どうやらこの模様に切れ込みが入れてあって、剣の位置を調節できるらしいんだ。やり方は聞いてある。今までと同じように戻すこともできるから」
そう言われてユウヒは革の細工に触れてみる。
なるほど、言われた通りに切れ込みがあったり金具があったりと、かなり機能的に仕上がっているものらしい。
ユウヒは満足げに笑みを浮かべるとスマルに言った。
「なんでこうもぴったりに仕上がってるのかってのが微妙に気にはなるんだけど……まぁいいか、そんなの。ありがとね、スマル」
「おぅ」
スマルもユウヒの隣で立ち上がった。
「いろいろ勝手が違って最初は戸惑うかもな。剣舞でも手合わせでも何でも付き合うからさ、遠慮なく言ってくれ」
「わかった。助かるよ。確かにこれは戸惑うかも」
「あぁ。それと……シュウさんも言ってたみてぇだけど、やっぱ男に比べて力ねぇだろ? だから二刀流もだけど、一本を両手で持つってのも手だぞ? クジャ刀と違って片刃だからさ、相手の剣を受ける時にもう一方の腕で刀身自体を支えることだってできるだろ? 扱い方も随分変わってくるかもな」
「そう……だね。なるほど。ちょっとこりゃ練習しないといきなり本番ってわけにはいかなそうね」
「……まあね」
そう言ってスマルが寂しそうに笑うと同時に、部屋の中にカロンが入ってきた。