部屋は重たい静寂に包まれ、ほんの小さな物音すらもやけに耳が捉える。
緊張感が支配する中で、ユウヒはまた口を開いた。
「私がクジャの王に、蒼月に選ばれたからなんだと思います。蒼月は、まぁそれなりの治世を築くことができれば……ですが、普通の人間の一生よりも長い時間を生きていくことになるんだそうです。クジャの王は王族ではありませんから、王にもしも子ができたとしても、その子どもが次の王位を継ぐわけではありません。違う時を生きていくのは、王と……時の土使いだけです」
心配そうにユウヒを見つめるサリヤとスマルとは対照的に、ユウヒは何の気負いもないような顔で、実に淡々と言葉を吐き出していた。
「周りの人間が自分を置いて、その一生を終えていなくなるっていう事ですよね。まだ実感はわかないけれどすごく寂しいんじゃないかなって、想像はしてます。でもそれを考えた時、この体になった事もすっかり納得がいったんです。王になった私がこの先、夫を持つのかどうかはわかりませんけど、それが……スマル以外であれば、私は最愛の人も、そしてもしも子を生すことができたとしたら、その子をも見送らなくてはならない事になるんです」
ユウヒは視界の隅で、スマルの手が握り締められるのを捕らえた。
サリヤの表情はより一層曇り、それでもその双眸はしっかりとユウヒに向けられていた。
ユウヒはさらに話を続けた。
「なるほどなって、そう思いました。もともと毎月毎月、正直めんどくさいぐらいだったから気にしてませんでしたけど、今回、荷造りしながらいろいろ考えましたよ、さすがに。あぁ、ないんだなぁって。でもこれで良かったと思ってます。子どもに先立たれるなんて、王様やってるところじゃないもの。少なくとも……私には無理。小さい頃から王になるべくして教育を受けてきた人間じゃないもの。自分のものさしでしか物事を測れない。子に先立たれる親も、親の年を越えてしまって先に旅立つ子も、どっちもやっぱり辛すぎると思っちゃうし」
サリヤもスマルも、一言も発する気配はなかった。
ユウヒは思わず苦笑してしまった。
だが少し重たい沈黙が流れ、次に口を開いたのはスマルだった。
「体は? 大丈夫なのか?」
自分を気遣うスマルの言葉に、ユウヒは素直に頷いた。
「大丈夫。むしろ調子がいいくらい。どうやってこういう体になったのかはわからないけど、でもまぁ……いろいろ楽ちんだったりするし、けっこういいかもっとか思ってるよ」
そう言ってユウヒがにかっと歯を見せてわらうと、スマルはホッとしたのか、安堵に顔を歪ませた。
そんな二人のやりとりを見て、サリヤは一つ小さく溜息を吐いた。
「ジンから言われた時にはどうしようかと思ったけれど……大丈夫そうね、ユウヒ」
「はい。お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」
ユウヒがそう答えると、サリヤはやっと安心したように柔らかな笑みを浮かべた。
そしてゆっくりと立ち上がると、スマルとユウヒに向かって言った。
「私は食事の用意をしてくるわ。出来たら声をかけるから、それまでゆっくりしていてね」
「はい」
「ありがとうございます」
スマルとユウヒが返事をすると、サリヤは軽く頭を下げてから部屋を出て行った。
足音が遠ざかっていくと、スマルが盛大な溜息と共に椅子に崩れた。
「どうした?」
すぐ隣に座っている当のユウヒは、事も無げで平気な顔をしている。
スマルは拍子抜けしたように呆れ顔をして、さらにもう一つ溜息を吐いた。
「全然気付かなかったな、っと思ってさ。あぁ、でもあれか。そういやここんとこずっと、腹が痛ぇだの頭痛ぇだのって八つ当たりされてなかったな」
「うん。なんかさ、言い出すきっかけもないじゃない、こんな話。だから何となく言いそびれちゃって。言うのが正解かどうかもわかんなかったし」
「……なんで俺にも言おうと思った?」
スマルに言われ、ユウヒは首を傾げて少し考えてから言った。
「長い付き合いになるみたいだしね。隠さなくてもいい事は、早めに言っちゃった方が楽かなって」
「早めに、ね。なるほど」
納得したように頷くスマルを見るユウヒの顔から笑みが消えた。
なにごとかと見つめ返すスマルに向かって、ユウヒは溜息混じりに言った。
「あんたもね、スマル」
その言葉に思い当たることでもあったのか、スマルの表情が強張る。
ユウヒはやはりと言った風に笑うと、そのまま言葉を継いだ。
「ジンやシュウとの事はさ、ここに来るまでに話した通りよ。私に聞きたいことなら遠慮なく聞いて構わない。でも……そういうんじゃない、よね? 何?」
「お前、やっぱヨキさんの娘だわ。こえぇ……」
そう言ったきり、スマルが言葉に詰まっているのが見てとれた。
だがユウヒの双眸はまっすぐにスマルを捕らえたままだった。
国境を越え、ルゥーンに入って再会した時からずっと、ユウヒは何かを感じ取っていた。
シュウと別れ、スマルと二人になった時、何かに呼ばれたような感覚があったユウヒは、すぐ横にいるスマルの顔が苦しげに歪んだ事に気付いていた。
すぐには言えない何かがあって、スマルが自分の中で解決しようとしているのはユウヒにもわかっていたが、それでもあえてユウヒはスマルを突いてみた。
「隠してるとかじゃないのはわかってんだけどね。何か様子が変かなって、ちょっと思った」
ユウヒに言われ、スマルは諦めたような顔で笑うと、意外にあっさりと口を開いた。
「いや、何つぅか……俺にもそれがどういう事かよくわかんねぇから、ずっと考えてたんだけどな」
スマルの言葉に、ユウヒが先を促すように頷く。
それに頷き返すと、スマルはさらに話を続けた。
「いつからだったか、黄龍の声がえらく派手に聞こえてくるようになったっつーか……俺、呼ばれてんだと思う」