廊下の突き当たりには扉が一つだけあった。
ユウヒとスマルはまたかと顔を見合わせ、互いに肩を竦める、
扉を開けると、居間風の簡単な調度が置いてあり、その奥に扉が二つ並んでいた。
「あら、早かったわね。もういいの?」
サリヤがそう確認してから二人を中に招き入れる。
促されるままにユウヒ達が部屋の中ほどに進むと、最後の荷物を持ったカロンがあとを追うように入室して、そのまま並んだ扉の右側に入って行った。
「あそこが、あなた方の寝室になるわ。別々の部屋だけれど中で繋がっているから。あ、これがその中扉の鍵よ。これは……女性のあなたに渡しておくべきよね。はい、どうぞ」
呆気に取られているスマルをよそに、ユウヒが笑ってその鍵を受け取ると、サリヤは楽しげに笑みを浮かべて言った。
「その様子なら、どちらに渡しても問題なかったかもしれないわね」
「……ぷっ。ぁ……あ、いや、失礼」
サリヤの言葉に、寝室から出てきたばかりのカロンが思わず噴出した。
サリヤ達三人に注目される中、にやけそうになる顔をどうにか整えたカロンはサリヤのすぐ横まで来て立ち止まった。
「ご苦労様、カロン。もう少しゆっくりできるのかしら?」
そう問われて、カロンは首を横に振って言った。
「いえ、私の用事はひとまず終わりです。今日はこれで……明日、またお伺いします」
「あらそう? ではお昼過ぎに頼むわ」
「かしこまりました」
カロンはそう言って一人ひとりに向かって拝礼すると、いつもの笑みを浮かべてその部屋を出て行った。
しばらくすると扉の閉まる音が聞こえてきた。
どうやら建物からも出て行ってしまったようだった。
サリヤはその音をまるで確認するのを待っていたかのように口を開いた。
「さて、私はそろそろお食事の準備をしようと思うのだけれど、失礼する前にちょっとユウヒさんにお話があるの。スマルさん、少しはずしていただけるかしら?」
そう言われてスマルは戸惑いながらも頷き、寝室だと言われた部屋の方へと足を向けた。
「あ。待って、スマル」
「ぇえ!?」
困ったように振り返ったスマルを手招きで呼び戻し、ユウヒはサリヤに言った。
「彼は……スマルはこの先、私と同じように長い時間を歩んでいく運命にあります。同じ時間を生きていく彼に妙な隠し事はしたくありません。スマルと一緒に話を聞いてはいけませんか?」
サリヤの表情がユウヒを気遣うように少しだけ曇った。
「あなたの体の事よ、ユウヒ。あなたが構わないというのならば、私も別に構わないけれど。本当にいいの?」
「構いません」
「……わかったわ。スマルさん、ごめんなさいね。まぁ、これから話す内容を聞けば、おそらく私がさっき言ったことも納得していただけるとは思うのだけれど」
そう言ったサリヤの顔は曇ったままだ。
ユウヒは困ったような顔をしてサリヤを見つめていた。
その視線に気付いたサリヤは、ユウヒとスマルに椅子を進めると、自分もその向かい側の椅子に腰を下ろした。
「ジンから言われて気になったのだけれど、あなたの荷物、足りないものがあるわね?」
「え? ジンから、ですか? あの馬鹿、まったくいつの間に……あの、荷物とかそういう遠まわしな言い方はしなくても。お気遣いは嬉しいですけど」
眉間に皺を寄せ、言葉を探すように目を伏せるサリヤと、それを見つめるユウヒの様子にスマルは妙な居心地の悪さを感じた。
それを察したのか、ユウヒはスマルを一瞥して微かに笑みを浮かべると、一つ小さく咳払いをしてから口を開いた。
「私からお話した方がいいですね。さすがに言いにくい話ですし。荷物、まぁ普通に考えると足りないかもしれませんね。まさかジンに気付かれるとは思わなかったけど……えぇ、確かに私は月のものの準備、全くしてきてません。必要ないですから」
その言葉が何を意味しているのか、さすがにスマルもすぐには理解できなかったようだった。
だが、それを聞いたサリヤが優しく労わるような、しかし寂しげな眼差しでもってユウヒを見つめているのを見て、ようやくスマルもそれがどういうことなのかを理解した。
驚くと同時に、スマルはユウヒの体にいったい何が起こっているのか恐ろしくなった。
それが顔に出ていたのだろう。
すぅっと伸びてきたユウヒの手が、スマルの肩をぽんっと叩いた。
「話した方がいいのかどうか、迷ってたんだけどね」
そう言って笑みを浮かべるユウヒに、スマルはかけてやる言葉が見つからない。
ユウヒは一呼吸おいて、また口を開いた。
「故郷での夏祭が終わって、その後からもう一度も月のものはないんです。あぁ、スマルごめんね。どんな顔して聞いていいかわかんない話だろうけど……でも聞いておいて」
スマルが無言で頷くと、ユウヒは小さく笑みを浮かべてからまた話し始めた。