星読み


 スマルの姿を見とめたその女が、満面の笑顔で立ち上がる。
 そしてゆったりとした動作で手招きして、ユウヒの隣に座るようにと促した。

「サリヤさん、さきほどお話したスマルです。スマル、こちらこの家の女主人でサリヤさん」

 促されるままにスマルが椅子に腰掛けると、ユウヒが待ちかねたようにすぐ口を開いた。

「サリヤです。スマルさん、はじめまして」

 そう言ってサリヤは目の高さで手を合わせ、丁寧に頭を下げた。
 スマルが初めて目にするそれは、ルゥーンでの女性の正式な礼で、客人や目上の者に対して行うものだった。
 戸惑いながらもスマルが丁寧に拝礼で礼を返すと、サリヤは嬉しそうに笑って言った。

「あなたも、とても礼儀の正しい方ね」

 照れくさそうに笑うスマルに、ユウヒも小さく笑みを浮かべた。
 サリヤはそのまま座ることなく、お茶の用意をするからと部屋を出て行った。
 あとに残されたスマルとユウヒは、その部屋の中にすばやく視線を走らせた。

 やはりどう見ても、ここは宿とは思えなかった。
 かと言って生活の匂いというものもなく、サリヤの住まいとも思えない。
 二人してきょろきょろと部屋を見回しているところに、サリヤが二人分の茶器を載せた盆を手に戻ってきた。

「何か珍しいものでもあったかしら?」

 そう言って慣れた手つきでお茶を差し出し、自分はまた二人の向かい側に腰を下ろした。

「ここはいったい何なのかって顔をしてるわね、二人とも」

 サリヤに言われ、二人は思わず顔を見合わせ、ユウヒが口を開いた。

「はい。宿ではないようですが、こちらにお住まいになっている風でもない。ここはいったいどういった場所なんでしょうか」

 ユウヒの言葉に耳を傾けていたサリヤは、少し楽しげに言った。

「そうねぇ、ここは……何と言ったらいいのかしら。宿では、確かにないわね。でも人が寝泊りするところには違いないの」
「はぁ……」

 スマルが首を捻ってそう言うと、サリヤは笑みを浮かべて言葉を続けた。

「私は星読みという仕事をしているのだけれど……この仕事は国中から選ばれた人間が集められるものなの。それで、中にはお休みをいただいてもなかなか故郷に帰ることのできない者もいたりしてね」
「そういう方達が使っている場所、ということですか?」
「えぇ、そうよ。そういうことなの。所有者は私だけれど、星読みの皆に解放して使ってもらっているのよ、その方が管理も結局楽だから」

 ユウヒが問い返すとサリヤは笑顔で答え、そのまま話を続けた。

「明日にはまた別の場所に行きますから、今日はここでゆっくりお過ごしになってね。スマルさん、かなりお疲れの様子だし、こんな時だからこそ無理はいけないわ」

 柔らかく微笑むサリヤに、スマルが訊ねた。

「別の場所、というのは?」
「私個人の別宅とでも言うのかしら? 家はまた別にあるのだけれど、明日お連れするその場所は普段誰も使っていないものなの。身の回りのお世話は私がさせていただくわね」

 ユウヒとスマルが驚いたように顔を見合わせた。
 当面は野宿か何かになるのだろうと想像していた二人には、あまりにも出来すぎたいい話だった。

「あの、そこまでしていただくわけには……」

 ユウヒがそう恐縮して言うと、サリヤはいたずらっぽく笑って首を振った。

「気にする事はないのよ。あのジンが、自ら足を運んで頼むくらいだもの。あなた方にそれくらいはしてさしあげないと、あの男、あとで何を言ってくるかわかったものではないわ。私がジンの羽根だということは聞いているでしょう?」

 あえて漆黒の翼にからんでしまいそうな言葉を避けていたユウヒは、サリヤが自ら羽根であると名乗ったことに驚いて目を瞠った。
 そして、いつも人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべているあのジンの事を、まるで捻くれた子どものようにサリヤが言ったことに思わず噴出してしまった。

「ふ……っ、た、確かに。ジンに何か言われるのは嫌かもしれませんね」
「でしょう? だからあなた達は気にしなくていいのよ」

 サリヤはそう言うと、おもむろに立ち上がった。

「さて、あなた達のお部屋をもう一度見てくるわ。お茶が終わったら、この廊下の突き当たりの部屋にいらっしゃい」

 そう言ってサリヤは部屋を出て行った。
 再び二人残されたユウヒとスマルは、また顔を見合わせていた。

「あなた達……って、言った?」
「気のせいでなければな」

 何とも妙な沈黙が訪れ、スマルは溜息を吐き、ユウヒは苦笑しながらお茶をゆっくりと啜った。

 王都、ライジ・クジャの蒼月楼に滞在していた時の事を思い出す。
 あの時はサクの勘違いで同じ部屋に寝泊りすることになった。
 今回もまた、誰かの勘違いでもあったのだろうか、と思わず苦笑する。
 二人はお茶をいただいた後、連れ立って言われた部屋へと足を向けた。