「おそらく、そうだと思います」
自分でも驚くほど冷静に、シュウの言葉に答えることができた。
この人にはもうごまかしはきかない。
そしておそらくこうして話ができるのもこれが最後だと思うと、ユウヒは可能な限りで真摯に向き合おうと、そう思っていた。
スマルの鼓動がやけに速く、それが逆にユウヒの心を落ち着かせていた。
城を出てからこれまでのやりとりを知らないスマルが、驚くのも無理からぬ事だった。
ユウヒの返事の後、シュウは何かをしきりに考えていた。
だがまたユウヒの方をちらりと見ると、今度は寂しげな笑みを浮かべて静かに言った。
「……剣を、見せてもらってもいいか?」
シュウの言葉にスマルは背後のユウヒの気配をうかがった。
ユウヒは騎獣に固定してある剣を一本だけ抜き、シュウの方に差し出した。
日の光を受けて、刀身が白銀に煌めく。
少し目が眩んだユウヒが目を瞑ると、シュウが思わず漏らした感嘆の吐息が聞こえたような気がした。
「見事だ。スマル、いい仕事をしたな」
「ありがとうございます」
すぐにまた戻ってきた剣をユウヒは受け取り、元の鞘に納めた。
何を考えているのか、シュウは黙ったままだった。
スマルは肩越しにユウヒと顔を見合わせ、シュウの様子を見守った。
ふと、シュウの視線が動いた。
その先には、ルゥーンの集落らしきものが見えていた。
「降りるぞ」
「え? もう!?」
シュウの呼びかけにユウヒが驚くのも無理はなかった。
集落に降りるにはまだずいぶんと距離があった。
廃墟のようなものがいくつか見えてはいるが、町とはとても言えない砂ばかりの場所目掛けて、二頭の騎獣が降下を始めた。
「何なんだ?」
「……わかんない。でもまぁ、ついていって」
「了解」
戸惑うスマルの問いにユウヒはそう返事をして、わけもわからないままに二人はシュウの後をついて行った。
降り立った拍子に辺りの砂が少し巻き上がったが、地上は上空のように風は吹いておらず、乾いた砂が足元で小さな音を立てた。
シュウが騎獣から降りたのを見て、スマルとユウヒも砂の上に足を下ろした。
あれほど一緒に行くと言っていたシュウが、自分の騎獣に括りつけられたスマルの荷物を持って近付いてきた。
「俺は、ここまでだ」
そう言うと、無言のままでユウヒの乗っていた騎獣にスマルの荷物を括りつける。
スマルが手伝おうとして歩み寄ると、シュウはそれを制して、全てを一人で済ませてしまった。
「さて、本当は新しい剣の扱いを教えるのも兼ねて、ここで少々手合わせをと思っていたんだが……気が変わった。やっぱりそれは無しだ」
「シュウ……」
自分を見つめるユウヒの視線に、シュウは寂しそうに微笑んだ。
「いや、敵になる人間にどうとか、そういうんじゃないんだ。そこは勘違いするな。ただ……」
「ただ?」
ユウヒが問い返したがそれに続く答えはなく、代わりにシュウの口から出たのは、思いも寄らぬ言葉だった。
「なぁ、ユウヒ。俺はここでもう引き返そうと思うんだが……」
神妙に耳を傾けるユウヒに、シュウはどこか楽しげに言った。
「俺には、ないのか? あの、ジンさんとの別れ際みたいな、あれ」
「はああぁぁぁぁ!?」
あまりの突拍子のなさに、ユウヒが大きな声を上げる。
スマルはそのすぐ後ろで不思議そうな顔をして二人を交互に見つめていた。
「何を言ってるの、シュウ!」
「あれ、他意はないんだろう? いいじゃないか、ほら。ほらほら!」
「ほらほらじゃないですよ、もう! それにね、シュウ」
ユウヒの勢いが目に見えてなくなる。
シュウとスマルが見つめる中、ユウヒは続く言葉を絞りだした。
「私は武人じゃないんです。抱き合って別れを惜しんだ人間に平気で剣を向けられるほど、強く、ないです」
「ユウヒ……」
何となく何があったのか察したスマルが、心配そうにユウヒを見つめる。
肩を落として俯くユウヒに、シュウは一つ溜息を吐いて歩み寄った。
「そういうことなら、なおさらだな」
シュウはそう言うと、ユウヒの肩を引き寄せて大切そうに抱き締めた。
ユウヒはされるがままで、何一つ喋らない。
シュウは一層寂しそうに笑うと、そのまま静かに話し始めた。
「ユウヒ。お前達と俺の進む道はこの先大きく分かたれる。どうやらそれはもうどうにもならんらしい。詳しくは聞かない。だが、俺の思っている通りなら、お前のやろうとしている事に次はないはずだ。違うか? だったら……躊躇うな、あの力を使え、ユウヒ」
その言葉に、ユウヒはシュウの胸に手を当てて、その体を力いっぱい引き離した。
シュウは抵抗することなくユウヒから離れたが、ユウヒの両手はまだシュウの胸に当てられたままだった。