越境


 スマルの言葉にユウヒの笑いがやっと止まった。
 シュウが感心したように息を吐く。

「よく間に合ったな。ちゃんと寝たか?」
「いや、正直なところ、今もう眠たくてだめですね。でもこれ、見てもらわないと……」

 シュウとスマルが話している横から、スマルの手にあるそれにユウヒの手が伸びた。

「スマル。その、いいかな、これ」

 二人の話が止まり、視線がユウヒに集中する。
 ユウヒは一瞬うっと怯んだようだったが、それでも立て直してその包みを手に取った。
 伺うようにシュウをのぞき込むと、シュウは黙って頷いた。
 スマルにも促されてユウヒはその包みをほどき、新しく生まれ変わった自分の剣をそっと手に取り目を瞠った。

「軽い……何これ……」

 ユウヒが溜息のようにこぼした言葉に、シュウとスマルが顔を見合わせて笑った。

「こんなに違うのね。抜いてみたいけど……ここじゃまた国境警備の人に怒られちゃうよね。困ったな」

 ヒヅ刀を手にしたことがないわけではないが、自分の物となるとまた話は別だ。
 そわそわと落ち着かない様子のユウヒに、シュウが辺りを見回して言った。

「砦の向こうならまだどうにかなったかもしれんが、ここじゃ見通しが良すぎるな。建物も少なくて路地裏に潜り込むのも無理。実を言うと、俺もどんなもんだか拝ませてもらいたいんだが」
「シュウさんもですか? でも、ここじゃどうすることもできないッスよ」
「だよなぁ。ま、ここでずっと立ち話もなんだから、少し歩こう」
「えぇっ!?」

 シュウの言葉にユウヒが驚きの声をあげる。

「国境までって! ここはもうルゥーンですよ? シュウ、いったいとこまで来るつもりなの!?」

 先を行こうとして腕を掴まれたシュウは、渋々振り返ってユウヒに言った。

「どうあっても俺を早いとこ追い返したいのか? つれないなぁ、ユウヒ。いいじゃないか、もう少しくらい」
「いいじゃないかって…いや、別に追い返そうとか思っちゃいないけど、でも、その、おかしいでしょう。いくら休暇だからってどこまで……」
「う〜ん、いやまったくその通りなんだけどね」

 シュウはそう言って肩を竦める。
 スマルは事の次第がわからずに、ただ呆然と二人のやり取りを背後から見ていた。

「俺がいろいろ納得いかないから、まだ帰れないんだよ。悪いな、スマル。もう少し邪魔させてもらうぞ?」
「えっ? 俺っ!?」

 話を逸らしてその場を取り繕うシュウにいきなり話を振られ、スマルがわけもわからずうろたえる。
 ユウヒは思わず鞘の先で、シュウのわき腹を小突いた。

「何の話してんの、まったく。じゃ、どこかでお茶でもしながら話をする?」
「……いや、第三者がいる場で話せるような事じゃない。ユウヒ、騎獣に乗れ。もう少し行くと集落があるはずだ」
「わかりました。スマル、あんた私と一緒でいい?」
「…俺が聞いてもいい話なら。シュウさん」
「かまわんよ」

 スマルの荷をシュウが引き受け、二頭の騎獣は空へと駆け上がった。
 戸惑った様子のスマルの背を、ユウヒが後ろからとんとんと叩く。

「ごめんね。あとで全部話すから、とりあえずシュウと話をさせて。あとさ、剣、ありがとね」
「……あぁ」

 スマルは一言だけ返事をして、手綱を握る手に力を籠めた。

「シュウ! 話、聞くわよ!」

 威勢のいい口調とは裏腹に、スマルに掴まるユウヒの腕に力が入る。
 スマルは何も考えないようにして、二人が何を話しだすのか、少し緊張しながら待った。
 シュウは何かを考えている様子だったが、どうやら腹を決めたらしく、騎獣をすぐ側に寄せて駆ける速度を少し遅くした。

「なぁ、ユウヒ。さっきの約束どおり、俺は新王陛下を護る。ホムラ様についても、俺が責任もってお護りしよう」
「うん。ありがとう」

 ユウヒは感謝の言葉を伝えたが、シュウの表情は曇ったままだった。

「ただ、その時俺の剣の向こうにいるのは……お前なんじゃないのか、ユウヒ」

 スマルの動揺が、まわした腕を通してユウヒにまで伝わってくる。
 だがユウヒは、もうシュウがそれくらいの事を言ってくる覚悟はできていた。